EP489:伊予の物語「黎明の贋作(れいめいのがんさく)」その3~上皇侍従、宝物級陶器の正体を知る~
竹丸が肩をすくめ
「それは『牛車の女子』事件の前までの話です。
あれ以降、身もふたもないぐらい若殿にすがって、あの手この手で引き留めようと躍起になってます。
それこそ、使えるものは子供たちでも色仕掛けでも何でもアリって感じですね。」
それで思い出したけど、廉子様が『はしたない真似をしてまで懇願するから抱いた』とか兄さまが言ってたわよね?
もうとっくに本気で奪い返そうと全力を尽くしてたのね?
私には無い切り札『子供たち』を堂々と振りかざして?
はぁ~~~~~~。
この先が思いやられて、ゾッとして深いため息をついた。
今でも、兄さまに会えるのは週にニ・三回なのに、結婚して屋敷に籠ったとしてもこれ以上にはならないのかな。
子供の頃のように、兄さまを毎日独り占めする機会はもう二度と訪れないのね?
寂しくてしんみり落ち込んでると、枇杷屋敷に到着した。
東門の前で、竹丸が手を振って別れようとするので
「え?一緒に忠平様に会ってくれないの?監禁されたり、危ない目にあったらどーするのっ!!」
不安になって言いつのると、ヒラヒラ手を振り
「大丈夫ですよっ!!姫にベタ惚れだから、無体な事は絶対にしませんって!というか、する度胸は無いと思います。
なんたって兄君の愛妻ですからね。
強姦なんてした日にゃ、若殿に殺されます。」
まぁね。
今までだって無理強いされたことは無いけど。
じゃいっか!
て、気軽に東中門廊の階段を上がり、侍所で顔なじみの雑色に挨拶すると、主殿に案内された。
主殿の御簾を押して入ると、畳に座り、脇息に肘をついて書を読んでる忠平様の姿があった。
その横には高さも縦横の幅も一尺(30㎝)ぐらいの桐の箱が置いてある。
私に気づいて書を畳に置き、手招きして目の前の畳を指さし
「そこに座ってっ!!いいもの見せてあげるっ!!」
ウキウキしながら、箱から中身を取り出して、目の前に置いた。
それはまさしく、あの、何度も耳にした、『唐渡の三彩騎駝人物陶器』だった。
忠平様は、浅黒い精悍な頬を艶めかせ、目を興奮でギラつかせながら
「さぁ!よく見て!手に取ってもいいよっ!
伊予は御物の本物は見たことがある?
ない?そうだろ?
私はあるんだが、上皇の宝物庫でね、これに似たのを一目見た時からその魅力に虜になってね!
唐渡の三色彩釉陶器っ!!
この見事な光沢っっ!
赤、白、緑の鮮やかな色合いと釉薬の複雑で流動的、装飾性が高い掛け流し方!!
形も優雅で大胆、装飾性を重視した曲線の美しいこと!
いや~~~~!ホントによくできてるっ!!
まさかそれが手に入るとは思わなかった!」
口を極めて誉めそやす。
私も近づいて、手に取り、じっくりと見てみた。
だけど、忠平様が言うほど見事な出来栄えには思えなかった。
素地のきめが粗くて、色も暗くてくすんでるし、ラクダの形も不格好だし、脚がまっすぐだったり、口元が平らだったりと丸みが少なく不自然で、色も褐色と緑の二色で、しかも発色が悪く全体的に陰気な感じ。
光沢もところどころ光ってるなぁぐらいで、全体的に地味。
もしかして廉子様や、源昇さまの買ったのも同じ物?
忠平様の興奮に水を差すようだけど、感想を素直に口にしたあと、加えて
「・・・・これ、おいくらで買ったの?」
ブスッ!と不機嫌な顔で
「銭千文と米俵三俵だった。(160万円ぐらい?としました)
伊予はその価値は無いというのか?」
ためらいつつもウンと頷き
「本物を知らないから何とも言えないけど、これはどう見ても東大寺正倉に納められるほどすごい宝物とは思えない。」
忠平様は不機嫌な表情から、だんだん血の気が引いた青黒い顔色に変わり、モゴモゴと
「・・・まさか・・・・偽物、を掴まされた?」
そのとき、どこからかサッと光が差し込み、その方向を見ると御簾が上がってると思ったら、狩衣姿の人物が中に入ってきた。
「四郎、浄見の相手をしてくれてありがとう。
ん?それは、廉子も持ってた陶器だな。
形は御物に似てはいるが、出来栄えが全然違う。
どう見ても大和国の官営工房で唐物を真似て作った彩釉陶器だな。
あっ!ほら!
裏を見てみろっ!
窯のある地名『佐紀盾列』の文字が入ってる。」
陶器を手に取り、ひっくり返して指さした。
忠平様は絶句し、私の隣に座り込む兄さまを見つめあんぐりと口を開けたまま。
兄さまがご機嫌な声で
「お前も知ってるだろ?
主に大和国の官衙(政府の出先機関)に付属した工房で、皿・壺・碗が製造され、大きい寺社に分配され祭事や仏事、葬送、供養、地鎮等に祭祀具として用いられる。
その官営工房では唐国を手本に、緑釉・褐(赤)釉・透明(白)釉の三色で彩られる鉛釉陶器を開発して製造してるんだ。
皿・壺・碗は祭祀用の陶器として作られるが、それらを作るだけじゃそこに勤める職人や役人の余分な腹は膨れないから、唐渡の陶器の代表的な名作の贋作を大量生産し、初心な都の貴族達に大金で売り払う事で私腹を肥やしてたんだろうな。
官営事業だけじゃ、贅沢できるほど懐は潤わないから、副業を完全にやめさせるのは忍びない。
贋作だとしてもすぐれた作品にはそれ相応の価値がある。
だからその陶器売りを見つけ出し、贋作ならそれを明言し、それ相応の値段で奢侈品として販売することを許可した。」
扇を口元に当てながら、忠平様をチラ見しつつ呟いた。
「・・・・・・・・・」
忠平様は、唖然としすぎて思考が追い付かないように黙り込んだ。
(その4へつづく)