EP488:伊予の物語「黎明の贋作(れいめいのがんさく)」その2~竹丸、左大臣の家庭のもめ事を事細かに話す~
竹丸が次のように話し始めた。
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数日前の事です。
堀河邸の北の方であり正妻の廉子様が、帰宅した若殿の着替えを手伝いながら
「今日ね、少し高いお買い物をさせていただきましたの。」
若殿が無関心に
「そうか。」
廉子様は
「殿にご相談したかったんだけどいらっしゃらないので、どうしようかと悩んでおりますと、その陶器売りが申すには、
『今だけこの価格でお売りできるんですよ!もう二度とこれを手にする機会はありませんよっ!!ご主人に相談?そんなことしてる暇はありませんっ!!』
って急かすものですから、ついつい私の判断で購入しましたの。
殿もお気に召すと思いますわ!」
若殿が少し興味を示し
「何だ?」
「東大寺正倉の御物、唐物の三彩騎駝人物と同じ窯で作られた彩釉陶器ですの!
わたくしも朝廷に勤めていたおりに拝見したことがありますが、そっくりですのよっ!!
釉薬がツヤツヤしてて、緑、赤(褐色)、白の三色が見事に発色してて、胡人の馭者の造詣が細かくて表情豊かだし、ラクダの顔も毛並みも本物みたいに生き生きとしてて、異国情緒あふれてて面白いんです!」
若殿が怪訝な表情で
「本物なら相当値が張りそうだがいくらで買った?」
廉子様がモジモジして
「それが、反物二十本分(当時の米俵五俵=200万円ぐらいとしました)ですの。」
上目づかいで若殿の機嫌を探ってる。
若殿は一瞬、驚いた顔で口をポカンと開けたけどすぐにキッ!と口を引き結び静かな声で
「見せてみろ」
廉子様が北の対から桐箱に入ったそれを持ってきて、取り出して若殿に見せた。
私が見る限り、廉子様の言う通り、上を向いて口を開け何かを叫んでるような生き生きとしたラクダの背のコブとコブの間に、異人が片手を上げて乗りこなしてる見事な出来栄えの陶器だった。
生きてるラクダを見たことないけど、細かいところまで再現してるんだろうなぁと思わせる何かがあった。
若殿は高さが一尺(30cm)ぐらいのそれを手に取り、いろんな角度から眺めて、最後はひっくり返して裏まで確かめてた。
険しい表情でフムと呟き
「これが本物ならその値段では買えないだろうな。
その陶器売りはどこから仕入れたと言った?」
廉子様はソワソワして
「大和国からやってきて、普段は大きなお寺や神社に焼き物を納めるお手伝いをしていると申しておりました。
仕入れ先?については何も・・・・あっ!でも、唐渡の三彩騎駝人物と同じ窯・同じ製法で作られたと申しておりましたから、きっと唐物ですわ!」
若殿は素っ気無く
「そうか。
廉子が気に入ってるならいいんじゃないか。
竹丸、出かけるぞ。」
狩衣に着替え終わった若殿が出ていこうとすると、廉子様がムッ!としたように若殿を睨み付け
「どうしてわたくしにはいつも無関心なのっ??!!
高い買い物を咎めるなら、そうおっしゃればいいのにっ!!」
若殿は振り返り、
「誰も咎めてなんていない。
好きなものを買えばいい。」
廉子様は神経をとがらせた甲高い声で
「そうよねっ!!あの女子にはっ・・・・新しい立派な屋敷から、調度品から、衣から、化粧台から何から何までいいものを揃えたんでしょっ??!!
わたくしの使った銭なんてはした金よねっ!!
あなたはいつもそうっ!!
わたくしが誰と何をしようが無関心で、怒るでも、心配するでもない!
喜ばせようとして、美しい衣や美味しいもの、素晴らしい歌や舞の宴席を用意しても、愛想笑いで口先だけのお礼を言うだけっ!!
本心は見せてくれないっ!!
いつも困った顔でわたくしを子供を見るような目で見て、バカにしてっ!!厄介者扱いしてっ!!
・・・・・・っうっうっっ・・・・・こんな、こんなことならっ・・・あなたと結婚するんじゃなかったっ・・・!
・・っうっうっうっ・・・」
床に突っ伏して泣き出してしまった。
若殿は『またか!』みたいにそっとため息をつき、廉子様に近づいてしゃがみ込み、背を優しく撫でながら
「私は廉子と結婚できてよかったと思ってる。
私のために立派に家の切り盛りをしてくれ、三人の子を産んでくれ、元気に育ててくれている。
いつも感謝してるんだ。」
廉子様はキッ!と顔を上げ、泣きはらした、真っ赤に血走った目で睨み付け
「それなら今日はどこにもいかないで下さいっ!!
ずっと家で過ごしてらしてっ!!
夕餉も子供たちと一緒にとってやってくださいっ!!
いつも寂しい思いをさせてるんですからっっ!!
父親としてそれぐらいは当たり前でしょっ!!」
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竹丸が他人事の噂話だから面白くて仕方がないという風に
「というわけで、若殿はその日はずっと堀河邸で過ごすハメになったんですよ。」
う~~~~ん。
夫婦間のもめ事の責任の大半は私にある・・・・んだけど。
「でも、兄さまから聞いていた話だと、廉子様って自尊心が高くて見下されるのが嫌いだから、浮気されたぐらいで泣きわめいて男性に縋ったりしないんじゃなかった?
正反対な気がする。」
(その3へつづく)