EP483:伊予の物語「禁断の口付(きんだんのくちづけ)」 その1~伊予、無事帰還する~
【あらすじ:時平様という夫がいるのに、宮中に戻って早々、内舎人の恋人と不可抗力ながら口づけしているところを見られ、安全なはずの宮中が暴力沙汰の修羅場になった。心が体に影響するのか、体が心に影響するのか、本当に愛するってどういう意味?って考える、私は今日も混乱する!】
性的表現が不愉快と感じられる方もいらっしゃるかと存じます。
ご不快な場合は、今回は全体を通して『無視』して読み飛ばしていただけますと幸いです。
一話ずつ毎日0:00~公開します!
灼熱の青空に、灰色の雲が広がると、どこからか涼しい風が吹いてきて雨の予感がする、真夏の日のこと。
左大臣邸で平次兄さまと三日夜の餅を食べた数日後には、私は雷鳴壺の自分の房に戻ることができた。
兄さまはニヤケながら
「慌てて内裏へ戻らなくても、藤原時平の三人目の妻として、世間に公表し、左大臣邸で新婚生活を始めればいい!
泉丸はまだ、私を主上に訴えると怒り狂っているが、証拠も証人も無い訴えなど、誰も本気でとりあわないから、私も浄見もこれ以上、脅かされることはない!
警護と見張りを厳重にすれば、左大臣邸にいても上皇の攻撃だって防げるはずっ!」
って言い張ってたけど、私はとてもじゃないけどそんな気にはなれなかった。
だって・・・・三日夜の餅の宴席で、私の元へ三日間通ってきてた男性として『関白家の雑色の平次さん』を紹介したときの、年子様の表情が忘れられない。
麻布でできた粗末な雑色の衣を身に着けた兄さまが、年子様の目の前に立ち、ニッコリ微笑みかけると年子様は
「まぁっっ!!・・・・・」
と息をのみ、絶句したあと、
『よくも騙したわねっっ!!』
と心の声が聞こえそうなほど、憎しみと恨みのこもった、血走った、鬼のような目で、私を睨み付けた。
鋭い視線で刺し殺されそうな気がして、思わず
ビクッッ!!
として、引きつった笑顔で微笑み返すと、年子様は低い声で
「子供っぽい女子の幼稚な遊びには付き合ってられませんわ!
馬鹿げた悪ふざけなら、お二人でしてください」
ボソッと呟いて立ち去ろうとしたのを、
「結婚の証人として私の親族の代わりに出席してください!」
と必死にお願いして臨席してもらった。
なんせ、『私と関白家の雑色だった人の結婚』を、少なくとも左大臣邸の使用人たちには信じさせたかったし!
噂になって泉丸の耳には、そう届いて欲しかったし。
平次兄さまだとバレるまでの時間稼ぎだったとしても。
年子様を騙した罪悪感から、左大臣邸を一刻も早く立ち去りたかった。
だから、呑気な兄さまはほっといて、できるだけ素早く椛更衣に文を書き、
『病が治ったので、できるだけ早く雷鳴壺に戻ることを許可していただきたい』
とお願いして、数日後には内裏に戻ってこれた。
雷鳴壺で、約一か月間会えなかった椛更衣と抱き合って
『無事帰還!』
の喜びを分かち合い、作戦の全貌を報告すると
「へぇ~~~~!スゴイッ!!そんなことがあったの~~~~!!
『菅家廊下』で?即興の漢詩を作ったの?!
で、三日間?左大臣が雑色に身をやつして通ってきたのぉ~~~!
へぇ~~~~!変装遊び?!ワクワクするわねっ!!」
クリッ!としたつぶらな瞳をキラキラ輝かせ喜んでくれた。
ついでに泉丸の過去の悪事もバラしてやった!
以後、椛更衣にも、泉丸こと源香泉さまに警戒してもらえるように。
梢もやってきたので、半泣きで抱き合うと
「よかったですぅ~~~~~~!!!また会えて~~~~~!!!
だって、影男さんが
『結婚して相手の男の屋敷に引きこもってしまえば、彼女とは二度と会えないかもしれないな』
なんて言うから~~~~!!
本気で心配してたんですぅ~~~~!!」
と言うので
「影男さんにも元通り雷鳴壺にお勤めできます!って伝えといてね!」
って伝言を頼んだ。
忙しい一日を終え、荷物の片付けもほぼ終わり、やっと人心地ついて自分の房で寝る支度をしてると、几帳越しに、上ずった掠れ後で
「伊予さん?私です。影男です。」
呟いたあと、緊張したような張り詰めた沈黙がある。
私は慌てて、畳や床の上の、まだ出しっぱなしで散らかってた衣を衣装箱に詰め込み、座る空間を確保してから
「どうぞっ!!入ってっ!」
スッ!と几帳をずらし、影男さんが入ってきた。
膝下の長さの袴からは、筋肉質な脛が、灰色の水干の袖からは、形よく盛り上がった腕の筋肉がのぞく。
頸も太く、パツンと張った筋肉が全身を覆っていそうなのに、顔だけは繊細に、細い線で描かれたような、尖った鼻に尖った顎の傀儡のような無機質な顔立ち。
今も硬い無表情で、ジッと黙り込んだまま、俯いて、私の前に座り込んだ。
緊張した表情で、床を見つめたまま、目も合わせてくれない。
ひと月も会えなかったのに、無反応すぎて苛立ち、身をかがめて、顔を覗き込んで、無理やり目を合わせた。
「久しぶりっ!!帰ってこれてよかった?私に逢いたかった?」
微笑みながら冗談めかす。
驚いたように三白眼の黒目が大きくなり、光を宿し、ゴクッ!と息をのんだ。
「誰ですか?」
は?
誰って・・・・・
「何のこと?誰って」
キョトンとしてると、影男さんが苛立ったようにチッ!と舌打ちし
「三日夜の餅を一緒に食べた『関白家の雑色』とは、誰ですか?」
ギラつく鋭い目で睨み付けられた。
「ええっとぉ・・・」
「左大臣の他にも、親しい男がいたんですか?
それとも、偽装だとしても、私と結婚するのは嫌だったんですか?
どこかの馬の骨の方が良かったんですか?」
吐き捨てるように呟き、怒りの滲んだ漆黒の瞳で見つめられた。
(その2へつづく)