EP482:伊予の物語「不勝の簪(ふしょうのかんざし)」 その9~伊予、値万金の証拠を入手する~
あっ!そうだっ!
思いついて、久美にコソコソと耳打ちした。
久美は嬉しそうに
「うん!その方法ならうまくいきそうねっ!!じゃ、そういうことにしましょっ!
泉丸にはあなたと何事もなかったと思わせれば、まだ彼の間者だと思わせればいいのよね?」
私はウン!と頷いた。
全てがトントン拍子でうまくいき、あとは左大臣さまに快く報酬を用意してもらうだけ!となった。
それと、一週間以内に、『時平さまじゃない誰か』を三日間、私のところに通わせて、三日夜の餅を食べなくちゃ!
誰にしよう??
う~~~~ん、やっぱり、あの人しかいないっ!!
あくまで泉丸に従うように見せかけるため、実際に三日間、男性を私の元に通わせるっ!!という計画。
竹丸経由で報酬を左大臣さまに用意してもらい、久美の持つ『右大臣失脚につながる証拠』の文と交換し、目的は達成したので、紅梅殿へ通うのをやめた。
そして、いよいよ、その日がやってきた。
時平さま以外の男性が、私の元へ通う日。
初夏とは思えない酷暑の昼間を過ぎ、やっと日が暮れ、涼しい風が吹き始めた夕闇の中、その人が妻戸の向こうにやってきた気配があった。
「私だ。伊予、入ってもいいか?」
「はい」
と答え、妻戸を開き、その人を招き入れた。
私は既に小袖姿になっていた。
灯台の微かな明かりの下でも、その男性の姿ははっきりと見える。
麻布の生地で仕立てた筒袖の上衣に、脛がむき出しになる長さの袴、草履を脱いだ足は素足で、萎え烏帽子をかぶってる。
私が今まで夜を一緒に過ごした、どの男性よりも質素な身なりだった。
「白湯を飲まれますか?」
尋ねると、緊張したようにコクリと頷き、私が器を手渡すと、一日中沙漠を歩いて、どうしようもない渇きを感じていたかのように、美味しそうに一気に飲み干した。
「どうすればいい?」
その人が聞くので
「あなたがいつもしてらっしゃるように、なさってください。」
答えると、肩を抱き寄せ、胸に抱きしめられた。
体を離し、ためらうようなぎこちない動きで、手を伸ばし、腰紐をほどき、小袖の前をはだけ、胸を露にされた。
胸のふくらみを手で包み、先端を弾かれると、痺れるような快感が広がり、下腹部の敏感な部分が疼いた。
モゾモゾと横になると、上から覆いかぶさり、焦れたように胸に唇を近づける。
先端を口に含み、舌で転がすように愛撫され、吸われると、鼻の奥から、抜けるような息が、喘ぎ声となって漏れる。
弾む息遣いと、律動的な、肉体の痙攣。
愛欲の果てにある、一つの、絶望のような快感に、二人で溺れた。
夜が完全に開ける前に、その人が帰り、後朝の歌が届いた。
二日目の夜も供に過ごし、三日目の夕方にその人が通ってきたときには、私の対の屋で三日夜の餅を食べる宴席が設けられた。
私と並んで、夫となったその人と、私の親族の代わりに、年子様が膳を囲んでくれた。
左大臣邸の主である、藤原時平さまは欠席され、三人だけの、ささやかな宴となった。
その夜も、夫と過ごし、暁をむかえた。
暗闇から少し白んだ明け方の空の下へ、立ち去ろうとするその人の、後姿に、話しかけた。
「泉丸に、伝えてください。
伊予は確かに、藤原時平様ではない男性と結婚しましたと。
その人と一生、添い遂げますと。」
その人は振り向き、少し微笑み、頷いた。
「ああ。わかった。」
私は、幼いころから憧れた、その人と結婚した。
関白家の雑色・平次兄さまと。
次の日の夜、私の室に通ってきた兄さまに
「泉丸は何と言ってた?私と平次兄さまの結婚について?」
兄さまは悪戯っぽく笑い
「怒り狂ってたな。
『お前たちがその気なら、お前の悪事を今すぐ帝に奏上するっ!』
と。
今頃、久美に迫ってるんじゃないか?
確か、『右大臣失脚につながる証拠』の文は、多額の報酬と引き換えに、浄見の手に入ったんだよな?」
少し疑わしそうに眉をひそめ私を見つめる。
「そうっ!これよっ!!」
文箱から道真様直筆の文を取り出し、手渡した。
それを読んだ兄さまが
「なるほど。
上皇の第三皇子、斉世親王に嫁いだ、菅公の娘・菅原寧子にあてた文だな。
菅公にとって娘婿である『斉世親王』を、皇太子として皇位継承者に指名する話があると書いてある。
そうなればお前が後の皇后だと。
仁和寺あたりの御内意があったとも書いてある。
これが菅公の直筆だということは、久美が今、持っていて、泉丸に渡せと要求されている文は何だ?」
私はニヤッ!と得意満面の笑みを浮かべ
「久美は被害者なの。
右大臣邸に潜伏した、清丸という間者によって、久美は身の回りの持ち物を徹底的に調べられて、その『菅公の文』を見つけられ、清丸が準備した偽の文とすり替えられたのっ!!
でも、久美がそのことに気づくのは、泉丸にそれを渡した後ってことにしてあるのっ!!
泉丸が入手する『右大臣失脚につながる証拠』の文は、内容もデタラメ、筆跡も似せてあるだけの真っ赤な偽物よっ!!」
兄さまは納得したように頷き
「久美は泉丸のために証言するつもりはないと言った。
ということは、私に不利な証人も、証拠も無くなった。
私を流罪にするほどの罪を泉丸は奏上できないだろう。」
そうそうっ!!
どうよっっ!?
私の作戦はことごとくハマったっ!!
でしょ??!!
ウキウキしてると、兄さまは険しい顔でもう一度、じっくりと菅公の文を読み直し
「帝に皇太子となる皇子がまだおられない今、上皇が菅公と斉世親王の立太子を計画してるとの風説ですら、同時に帝の廃立をもくろんでいるとみなされてもおかしくない。
その上、この文のような確固たる証拠があるなら、『菅公と上皇に今上帝廃立の動きあり』として二人を朝廷から葬り去ることが、いつでも可能になった、ということだな」
不敵な笑みを浮かべ、ポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
『昌泰の変』で実際にこのような証拠の文があったとは歴史書には記されてないと思います~~!