EP479:伊予の物語「不勝の簪(ふしょうのかんざし)」 その6~伊予、出る杭は打たれる~
道真様が『ん?』と眉をひそめマジマジと私の顔を見つめ、『ああっ!』と何かに気づいたように目を見開き、ニッコリ微笑み
ウンウンと頷き
「よろしい。よく勉強しているね。
向学心のあることは大変いいことだ。
清丸どのは大学寮の学生ではないが、いつでも私の屋敷に出入りし、あらゆる書物を読む許可を与えよう!」
やったっ!!
このお屋敷に出入り自由っっ!!!
女間者の動きを調べられるっっ!!
って彼女は今どこにいるのかしら??
東の対の母屋を見回すと、そういえば、さっきから道真様のそばで、文机に向かって、何かを書き写してる袿・単姿の女性がいた。
もしかして、彼女が潜入中の泉丸の間者?
目を細めて顔をよく見ると、催馬楽舞で見た踊り子によく似てる。
多分、彼女っっ!!
間違いないっ!!
興奮が抑えられず、彼女をジロジロ観察してると、周囲がガヤガヤして、受講者たちが立ち上がり帰り支度してるのに気づくのが遅れた。
グァシッ!!
ゴツゴツした手で荒々しく頸を引き寄せられ、肩を組まれて、汗臭い、暑苦しい匂いが鼻を突いたと思ったら
「よおっっ!!細っこい女子みたいな色白ガリ勉野郎っっ!!
知らん顔だが、『菅家廊下』は初めてか?」
はぁっ??!!!
なれなれしく肩に腕を回され、胸に引き寄せられたので、イラッ!としてムッ!と睨み付けると、日焼けして真黒な、ニキビだらけのゴツゴツテカテカした芋のような顔がすぐ近くにある。
ゾッ!
として、
「ちょっとっ!放してくださいっっ!なれなれしいっ!!」
できる限りの不機嫌な低い声で言い放った。
芋顔男が驚いたように、肩から手を放し、
「ごめんっ!さっきの漢詩がよくできてたから、感心して清丸どのと親しくなりたいと思ったんだ!」
ガサツな腕から逃れられてホッとして衣の乱れを整え
「乱暴な人とは付き合いたくありません。」
キッパリというと、芋顔男がゴツゴツした顔のこめかみに青筋を立て、唇を歪め
「何だとぉっ!」
食ってかかり胸倉をつかもうとする。
隣で、そいつの腰ぎんちゃくみたいな、痩せて小さい灰色水干姿の男が
「あっ!こいつっ!女子ですよっ!頸が細くて喉ぼとけがないっ!男に変装してやがるんだっ!」
チッ!余計な事をっ!!
舌打ちすると、芋顔が急に下品なニヤケ顔になって、猫なで声で
「あっ!何だ~~~~!そうなのかぁ~~~~!どうりで体つきも細いし、声も高いと思ったぁ~~~!怖かった?ゴメンね~~~!僕はちっとも乱暴な男じゃないですよぉ~~~!大学寮で学ぶ、明経道の学生ですぅ~~!」
言いながら顎クイッ!しようと手を伸ばすので、サッ!と後ろに下がって、
パシンッ!
手を叩き落とした。
腕力は無いけど、粗野な乱暴者には後先考えず、つい手が出てしまうっ!!
しょーがないよねっ?
最初から距離が近いヤツ!ってだけでキモいしっ!!
すると、芋顔が今度は怒りで顔を真っ赤にし、青筋をクッキリ浮き立たせ
「はぁっ??!!何だっ?!このアマっっ!!調子に乗んなっっ!!痛い目見せてやるっっ!オイッ!捕まえろっ!
人目につかないところへ連れてくぞっ!」
ひ弱そうな腰ぎんちゃくが私の両腕を掴み、引っ張ろうとするけど、誘拐され慣れてる私はそれをブンブン振り払い、結果、掴もうとする腰ぎんちゃくの『バタバタ!』と、私の『ブンブン!』が交互に繰り返され、収拾がつかない状態がしばらく続いた。
しびれを切らした芋顔がグイッ!と私の腕を引っ張り、力づくで引きずっていこうとする。
ヤバッ!!
物陰に連れてかれるっっ!!
逃げなきゃっ!!
引きずられないように腰を落として踏ん張ってると
「なっ!何してるんですかっ!清丸どのを放してくださいっ!!」
あっ!!
窮地を救ってくれるのは、美男子救世主っっ??!!
期待を込めて振り向くと、声の主は、灰色水干姿のずんぐりむっくりした、藤原元佐さんだった。
後ろには、この屋敷の受付の雑色を従えてた。
元佐さんは額に汗をにじませ、緊張した顔で
「このっ畏れ多くもっ!右大臣・菅原道真公のお屋敷でっ!乱暴狼藉をはたらくとはっ!
何たる無礼っっ!言語道断の不埒っっ!!
傍若無人っっ!!暴虐無道っ!!横暴無比っっ!!狼奔豕突っっ!!騒然無序っっ!!風狂濫行っっ!!・・・・」
拳を握って振り回しながら、唾を飛ばして怒鳴りつけるけど・・・知ってる四字熟語をありったけ並べてない??
芋顔男と腰ぎんちゃくは、元佐さんの勢いに辟易した様子で顔を見合わせ、芋顔が
「いくぞっ!相手にしてられっかよっ!」
腰ぎんちゃくが
「はいっ!」
とサッサと立ち去った。
絶体絶命!を危機一髪!で助かったのでホッ!とし
「ありがと~~~っっ!元佐さんっ!!ここの門下生なの?」
元佐さんは興奮の名残で、鼻息も荒くフンフン言いながら
「いいえっ!!さっき突然、左大臣さまから文を受け取って、紅梅殿に来るようにと指示されたんです!
左大臣さまの文を雑色に見せ、右大臣さまのところに案内されるところだったんですが、その途中で伊予どのが絡まれてるのを見かけたんです!
ちょうどよかったですっ!!」
ふぅ~~~~~っっ!!
大きく息を吐いた。
兄さま?
バレてたの?
まっ、仕方ないか。
「ん?左大臣さまの文にはなんて書いてあったの?」
(その7へつづく)