EP478:伊予の物語「不勝の簪(ふしょうのかんざし)」 その5~伊予、いいところを見せる~
ウキウキしてると、母屋の中から道真様のしゃがれ声でボソボソと何か聞こえる。
耳をよくすまさないと聞こえない。
一生懸命集中して聞くと、どうやら今日は漢詩の作文法・詩法が題材だった。
杜甫の五言律詩『春望』を例にして、平仄や対句表現の説明を一通り受けた。
『國破山河在:國破れて 山河在り
(訳:国は打ち砕かれても山や川はもとのまま。)
城春草木深:城春にして 草木深し
(訳:町は春になり草木が茂る。)
感時花濺淚:時に感じては 花にも涙を濺ぎ
(訳:時世に胸が塞がって花を見ても涙がこぼれ、)
恨別鳥驚心:別れを恨んでは 鳥にも心を驚かす
(訳:別離を悲しんで鳥の囀りにも心は乱れる。)
烽火連三月:烽火 三月に連なり
(訳:戦ののろしは春三月になっても途切れず、)
家書抵萬金:家書 萬金に抵る
(訳:家からの便りは万金にも値する。)
白頭掻更短:白頭 掻けば更に短く
(訳:白い髪は掻くほどに少なくなり、)
渾欲不勝簪:渾て簪に勝えざらんと欲す
(訳:まったく簪も挿せそうにない)』
この詩は藤原元佐さんが主催した『漢文勉強会』でも取り上げたから、詳しいことは知ってるつもりだったけど、道真様の講義は『大きい視野から小さい視野への収斂』つまり『祖国全体→都の長安→花と鳥』とか『戦争という社会動乱→家族→杜甫個人』とか『白髪頭→最後は小さな簪』へと収束して終わる見事さとか、杜甫凄いっ!と感心する面白い説明がたくさんあった。
(*作者注:出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』『春望』からの引用です!)
『簪を挿せない、冠を脱ぐ、つまり官吏を辞めることになるのは・・・・一体、どっち?』
そんな妄言が頭に浮かび、また不安で胸が苦しくなった。
何事も無く、一刻(二時間)の講義が終わろうとする頃、道真様が
「では、最後に、即興で、詩作をしてみるかい?
そうだな、五言絶句を作れる者は、この中に誰かいるかね?
君たちは将来、朝廷で重要な地位を占める若者たちだ。
我こそはと思う者は手をあげて発表しなさい。」
「・・・・・・・」
皆、周囲をキョロキョロするだけで、誰も手をあげない。
道真様が助け船?なのか
「題材が無いと難しいかな?
では『雨』はどうかな?」
それでもザワザワして、顔を見合わせるだけ、の状態が続いたけど、ざわめいた烏帽子の頭の中から
ニョキッ!
と手が上がり、道真様が指名すると、スッと立ち上がった灰色水干姿の、大学寮の学生と思われる人物が
「ゴホッ!」
咳払いして、緊張した高い声で
「えぇ~~~、では
『好雨、時節を知りて、(好雨知時節,)
春に當たりて乃生ず。(當春乃發生。)
風に隨い 潛に夜に入り、(隨風潛入夜)
物を潤して 細かにして聲無し。(潤物細無聲)』
こんな感じでどうでしょうか?」
う~~~ん、意味は、おそらく
『よい雨は、ちょうどよい季節を知っていて、
春の到来とともに降り出す。
風に乗ってひそかに夜のうちにやってきて、
万物をしっとりと潤し、音を立てることもない。』
これを聞いて、人々は『すごっ!』『うまいっ!』『神っっ!www!』『凄すぎて草っっ!』と、口々に騒めきながら、誉めそやしてる。
当の学生も、嬉しいのか、クネクネしながら照れて頭を掻いてる。
ん?でもコレって・・・・
と疑問に思ってると、道真様が低いしゃがれ声で鋭く
「杜甫の有名な『春夜喜雨』の一節を読みあげてくれてありがとう。
他に、偉人の作品を引くのではなく、自分で創作できる者はいるかね?」
ギロッ!!
と周囲を睨み付ける。
よしっ!ここでひとつ、道真様にいいところを見せるっ!!
意気込んでハイッ!と手を上げると、距離があるのか道真様が目を細め、私を確認すると、頷いたように見えたので、サッ!と立ち上がった。
深呼吸して考えた句を声に出す。
「淡煙、柳外に浮かび、
微雨、行衣を潤す。
一たび別れ、重ねて見るは難く、
渺く聴く 馬の嘶く時。
唐語では
淡煙浮柳外,
微雨潤行衣。
一別難重見,
渺聽馬嘶時。
ですっ!」
意味は
『ほのかに煙る春の霧が、柳の向こうにたなびいている。
しとしと降る雨が、旅立ちの衣を濡らしていく。
一度別れると、再会は難しい。
ただ空しく、遠ざかる馬のいななきが耳に残るだけ──。』
って感じ!
平仄を整えたところが苦労したところっ!
(*作者注:漢詩の音律における「声調(ピンインにある四声)」の区別。
平声:第一声・第二声(たいてい高く平らな音)→「平」
仄声:第三声・第四声(沈む音、鋭く落ちる音)→「仄」
*ChatGPTから引用)
なんて言われるのか、ドギマギして待ってると、道真様がウンウンと深くうなずきニッコリ微笑んだ。
「ウム。よくできてる。
意味はありきたりだが、技法はちゃんとしている。
二句と四句の平声の韻「衣」「時」もちゃんと踏んでいる。
特に、平仄が、
一句は『淡(仄)煙(平)|浮(平)柳(仄)外(仄)』で『仄平|平仄仄』
二句は『微(平)雨(仄)|潤(仄)行(平)衣(平)』で『平仄|仄平平』
三句は『一(平)別(仄)|難(平)重(仄)見(仄)』で『平仄|平仄仄』
四句は『渺(仄)聽(平)|馬(仄)嘶(平)時(平)』で『仄平|仄平平』
と一句と二句、三句と四句の間で、平仄がキチンと逆に並び、音調が整えられている。
音調が整っていると、白文で読んだときに非常に心地よいね。
素晴らしいっ!!好っ!
君の名前は?」
は?え?なんて言えばいいっ??
焦ったけど、
「いっ、じゃなくて、清丸です。」
(その6へつづく)
『雨』がテーマの漢詩はChatGPTに作ってもらったのを少し手直ししたものです!
900年頃の中国詩において平仄は現代と異なると思いますが、細かいところはご容赦いただけますと幸いです。
グーグル翻訳で声に出して読ませる場合
淡煙浮柳外,
微雨潤行衣。
一別難重見,
渺聽馬嘶時。
をコピペしていただけますと、『心地よい音調』の雰囲気が伝わるかと存じます。