EP475:伊予の物語「不勝の簪(ふしょうのかんざし)」 その2~伊予、一族の命運を握る決断を迫られる~
ハッ!
私は急に現状のヤバさに気づいて、泉丸に見とれるのをやめ、正気に戻り焦って
「ちょっ!ちょっと待ってっ!!
それはダメっっ!!
そんなことしたら、兄さまが退職や失職どころじゃなく、流罪になるっ!!
絶対ダメッ!!」
食ってかかると、泉丸は床を這いまわるゴキブリでも見つけたかのように苛立ち、嫌悪の表情で私を睨み付け
「だったらどうするっ?!
全てお前のせいだっ!
時平の破滅はお前の選択次第なんだぞっ!」
えぇっ??!!
ってことは・・・・・やっぱり・・・・
「わ、私が、兄さま以外の人と結婚すればいいの?」
「ダメだっっ!!絶対に許さないっっ!!」
兄さまが言葉を遮るように素早く怒鳴った。
だってっ!!!
もし、兄さまが流罪になって破滅して、一族も路頭に迷って、家族も飢え死にしたら・・・・?
そんな重大な決断が私にかかってるの?
竹丸や、年子様や、若君や姫君たち、廉子様、妹君、弟君、数多くの使用人たち、の命運が、私にゆだねられてるの?
そんなのっ!!!
決まってるっ!!!
私が、私さえっ!我慢すれば、大勢の人がこのまま幸せでいられるなら、モチロンっ!!
泉丸にコクリと頷いて
「わかったわ!兄さま以外の人と結婚する!
だから兄さまを失脚させないでっ!!」
キッパリと言い切った。
泉丸はニヤリと口の端だけで笑い
「そうだな、一か月だけ待ってやる。
それまでにお前は女房を辞め、宮中から下がり、どこぞの馬の骨でも糞でも何でもいいが、男を通わせ『三日夜の餅』を食ったら、とっととその男の屋敷に籠るんだなっ!
二度と時平の前に姿を見せるなっっ!!
それが時平を破滅させないための唯一の条件だっ!!」
冷たい声で言い放った。
はぁ??
何その悪態っっ!!!
この前まで『私と親しい友人になりたい』とかほざいてたその口で言う??!!
やっぱりぜ~~~~んぶっ嘘だったのねっっ!!!
知ってましたけどっっ!!
あんたの腹のうちなんてっっ!とっくに見抜いてましたっっ!!
べぇ~~~~っっ!!
舌を出して幼稚な侮蔑を示してると、兄さまが呆然自失したように
「バカな・・・・・そんなことっ・・・・!させないっっ!!・・・・絶対、浄見を、他の男となんて・・・・ウソだ・・・・いやだ・・・・ダメだっ!!絶対にっ・・・・」
ボソボソブツブツ繰り返す。
クイクイッ!
兄さまの狩衣の袖を引っ張り、振り向かせると、耳に手を当て口を寄せ、声をひそめて
「私に考えがあるの。左大臣邸に里帰りしてもいい?」
耳打ちすると、兄さまがまだぼぉっとした表情で私を見つめ、頷く。
よしっ!
じゃっ!!と泉丸に向き直り、キッ!と睨み付け
「わかりました。
あなたの言う通り、兄さま以外の人と結婚します。
左大臣邸に里下がりして、そこで婿をとるから、私の住まいだった東北の対の屋から、すぐにあなたの私物を引っ越してね。」
チッ!と舌打ちしつつも、苦々しい表情の泉丸は頷いた。
私を睨み付けたまま鋭い声で続けて
「私を騙そうなんて考えたら、即座に時平の悪事を奏上する。
ひと月以内だ!
それまでに、結婚相手の屋敷に引きこもることが条件だ、いいな。」
念を押された。
兄さまは、と見ると、今の状況が理解できてないのか、ぼぉっと突っ立ったままなので、両腕を掴んでこちらを向かせ、
「二三日中には、椛更衣にお願いして雷鳴壺から下がるわね?
理由は・・・・う~~~ん、表向きには『体調不良が治らない』とかにしておくわね?
茶々とか椛更衣とか梢とか、親しい人にはホントのことを伝えるかもしれないけど。
私の身の回りの荷物を左大臣邸に届けるから、年子様に、『私が東北の対を結婚準備に使わせてもらいたいこと』を伝えておいてくださいね?
それでいい?
何か忘れてないかな?」
テキパキと言い放つと、兄さまは口をパクパクさせ、何か言いたいのに声に出せないみたい。
蒼白な表情で、オドオドして目をギョロつかせ、私を必死で見つめる。
「じゃ、内裏に帰るわね!泉丸、兄さまをよろしく!」
兄さまが冷静さを取り戻すまで、そばについてるワケにもいかない。
さっさと内裏に帰ってしなきゃいけないことが山積みっ!!
だって、兄さまの破滅を防ぐために、たった一人で戦う決意をしたんだからっ!!
さぁ、これから忙しくなるぞっっ!!
ギュッ!とこぶしを握り締め、意気揚々と内裏へ帰った。
内裏に戻り、まず私がしたことは、ある方に文を書くこと。
その願いをかなえてもらえるかどうかの返事は左大臣邸に送ってもらうよう書き記し、文を大舎人に届けてもらった。
その後、椛更衣に
『時平様の失脚を防ぐために、病気を口実に長期間、里下がりさせてもらいたい』
旨を話すと、快く了承してもらった。
『もしかしたら最悪の場合、兄さまじゃない人と結婚して、相手の屋敷に引きこもらなければならない』
と打ち明けると、椛更衣はクリッとした目を見開き驚いた後、心配そうに眉根を寄せ
「まぁっ!!
もしそうなったら、伊予はもう雷鳴壺に戻らないの?
今後一生会えないかもしれないのっ?!」
今にも泣き出しそう。
(その3へつづく)