EP474:伊予の物語「不勝の簪(ふしょうのかんざし)」 その1~伊予、秘密の逢瀬が明るみになる~
【あらすじ:時平様の浮気に怒った高貴な麗人の恋人は、私がある条件をのまなければ、過去の悪事を暴露し時平様を失脚させると宣言した。自分のせいで他人に迷惑がかかることほど、耐えられない罪悪は無い!と内向き思考な私は、その条件を了承してしまった。何よりも大事な人でも、いつも同じ感情を共有できるワケじゃない!ことに気づいた私は、二人の未来を守るために、身を呈して反撃にでる!】
今回は一話ずつ毎日0:00~公開します!
全何話?かはまだ未定でございます!
よろしくお付き合いお願いいたしますっ!!
最後まで書ききれるかな?不安ですが。
「もう行かなくては!
泉丸に怪しまれるかもしれない」
呟いて、兄さまが私の腰から腕をほどくと
キィッッ!
音がして、妻戸から明るい光が差し込んだ。
ビクッ!!
思わず体が震え、兄さまは慌てて後ろに数歩下がり、私から距離をとった。
ゆっくりと、大きく開いた戸口に、黒い人影が立っているのが見えた。
逆光の人物を見極めようと、目を細めると、
「・・・・やっぱり、浄見と逢引きしてたんだな」
泉丸のよく透る低い声が、塗籠に響いた。
ハッ!と驚いて、兄さまと顔を見合わす。
どうする?
何て言えばいい?
まるで心の声で会話するように、お互いを見つめ、次の言葉を探った。
『何も言わないように』
と私に指示するかのように、兄さまが首を横に振り、泉丸に向きなおった。
硬い、張り詰めた声で
「示し合わせたんじゃない。
竹丸が枇杷を収穫したというから受け取りに来たら、偶然、浄見がいたんだ。」
泉丸がキッ!と睨み付けるように俯くと、金と真珠の連珠の耳飾りが揺れ、頬にかかる長い後れ毛に隠れた。
いつにもまして透き通るように美しい、蒼白な頬を歪め、抑えきれない怒りに唇を微かに震わせ、
「言い訳は結構。
私がいない隙をついてその女子と逢引きしたという事実だけで十分だ。」
ゴクッ!!!
息をのむ音がし、兄さまが聞き分けの無い幼子に言い聞かせるような、真剣な眼差しで泉丸を見つめ、一語ずつ噛み締めるように
「たった一度の浮気で私を咎めるのか?
お前と一生を供にすると誓ったのに?
私が宮中でも名うての『好色な遊び人の浮気男』だと、知らないはずはないだろ?」
は??
下半身ユルユル宣言?って!
真顔で?
そこまで言う??
恥ずかしくないのっ??!!
でも、もしかしたら
『それならしょ~~がないな~~~!なんせ下半身が獣のクズ男だから~~~!』
って思われて許されるかも??!!
自虐?曝露?にビックリしつつも、いいアイデアかも?
ってヒヤヒヤしながら、様子をうかがう。
泉丸がピクリとも表情を変えず、
「下手な言い訳はやめろ。
お前が幼いころからその女子に執着し、その女子をあきらめるために自暴自棄になり、手当たり次第に遊んでたことは、身近な人間なら誰にでもわかること。
フンッ!!
『好色』が聞いて呆れるっ!
全てをその女子に捧げておいて、どのツラ下げて色男を名乗るつもりだっ!」
ドキッ!!
幼いころから??!!
やっぱり、兄さまはずっと・・・!!!
それにしては、私と付き合ってからも有馬さんや丹後さんや臺与とも仲良くしてるわよね??
う~~~ん。
私だけを愛してくれてる、と聞いてもまだ、疑惑が残る。
素直に喜べないところが、過去にイロイロあっても仕方がない『年の差恋愛』の難しいところよね~~。
兄さまがゴクッ!とまた息をのみ
「ならどうすると言うんだ?
菅公を失脚させる証拠が手に入るなら、お前と一生を添い遂げると誓ったが、その話も無かったことにするのか?」
泉丸の、白い大理石で作った傀儡のような完璧に均整の取れた顔に、罅が入ったかのように動揺が走り、険しく眉根を寄せ、チッ!と舌打ちすると
「その女を今すぐ他の男と結婚させろっっ!
お前以外なら、相手は誰でもいいっ!!
二度とお前に会えないように、その男の屋敷に住まわせるんだっ!!
そうでなければ、お前が菅公失脚を画策し、女間者を右大臣邸に潜入させたことを世間に暴露するっっ!」
はぁっっ???!!!
ヤバっっ!!!
そんなことしたら、兄さまが流罪になるっっ!!
でもっっ!!!
それを防ぐためには、結婚っっ??!!
兄さま以外の人とっっ??!!
絶~~~~っっ対っっ!!嫌っっ!!
できるわけないっっ!!!
焦ってると、兄さまがグイッ!と泉丸に詰め寄り、胸倉を掴んで、鼻と鼻が触れ合いそうな距離で睨み付けた。
「わかった、この話は無しだ。
浄見を他の男にやるぐらいなら辞職した方がマシだ。
菅公失脚の画策を世間に曝露したいなら好きにすればいい。
女間者の証言だけで、私を有罪に持ち込めるならな!!
やれるものならやってみろっっ!!!」
脅すように低い声で呟いた。
静かに凄むから、興奮してないみたいに見えるけど、声には怒りが滲んでる。
私ならあの距離で兄さまの熱い息を唇に感じたら、頭が真っ白になって思考力を失いそうっっ!!
ドキドキしすぎて呼吸もできなくなりそうっっ!!
泉丸は大丈夫?
チラッと見ると、口をポカンと開き、驚いたように目を見開き、うろたえたように黒目をウロウロと泳がせたと思ったら、みるみるうちに顔が真っ赤になった。
『完璧な美の女神』がうろたえる姿なんて滅多にお目にかかれないっっ!!
チョー貴重な現象っ!!
見逃がす手はないっ!!
動揺する泉丸の様子を食い入るようにマジマジと観察し、真っ赤になって泣き出しそうなのを見て
『美の女神といえども所詮、愛する人の前では健気で可憐な恋する乙女なのね~~~~!』
って親近感を覚えた。
どーするんだろ??
って興味津々で見守ってると、スッ!と泉丸が視線を落として兄さまから目を逸らし、胸倉をつかむ手をグイッ!と引きはがし、
「そういうつもりなら承知した。
では、朝廷にお前の今までの悪事を暴露する。
菅公失脚のことだけじゃなく、鴨川河川工事費用の公金横領事件を、お前の一存で握りつぶした件や、内舎人の人事を己の意のままにしたこと、臺与を使って公卿を取り込もうとしたこともな。」
呟いた泉丸は、既に元の、人間離れした美人オーラを放つ、芙容の花の化身のような、落ち着いたたたずまいだった。
(その2へつづく)