EP473:伊予の物語「黄金の琵琶(おうごんのびわ)」 その5~伊予、宝物の持ち主の脆さを痛感する~
手を胸に打ち付けて暴れると、腰に回した腕でもっと強く引き寄せられ、体が密着する。
もう片方の手で、頬を鷲掴みにされ、唇に唇を激しく押し当てられた。
愛おしそうに優しく口中を愛撫される快感に、押しのけようと胸を打つ腕に力が入らなくなった。
忠平様なのに?
こんなにも、感じてしまうの?
狂おしいほどの愛情が、私の中に流れ込む。
こんなにも、愛してくれてたの?
情熱と親愛がこもった、官能的な口づけに、思わず陶酔の声を漏らした。
頸に腕を絡め、崩れ落ちそうな体を支え、夢中で長い口づけを交わす。
チュッ!
音を立てて唇を離すと、硬い、低い、かすれ声で
「四郎ともこんなことしてるの?」
私は、そっと手をおろし、肉の薄い頬に触れ、美しい顎の線をなぞるように指を這わせた。
「さぁ・・・・・どう思う?
いいでしょ?
だって、私の恋人だった人が、浮気してもいいって言ったもの!」
暗がりに慣れた目には、不機嫌そうに口を引き結んだ顔が見えた。
白檀の香りに頬を埋め、背中に腕を回した。
「ずっと逢えなかったんだもん!!嫉妬させるぐらいはいいでしょ?」
兄さまは私の肩を抱きしめながら
「あぁ。でも、ゆっくりしてはいられないんだ。もう内裏へ戻らないと。
今日は泉丸と別行動だから随身を撒けたけど、怪しまれないようにしなければ」
ムッ!と不機嫌が降ってきて
「ふぅ~~~ん。
じゃ、どうぞ、行けば?」
口ではそう言いつつ、胸にしがみついて放さない。
兄さまが私の背中をゆっくりと撫でながら
「ああ。もう行くよ。」
口ではそう言いつつ、腕をほどかない。
しばらくそうしてたけど
『泉丸に見つかっては大変っっ!!』
ムクムクと不安が胸に広がり、焦りだし、グッ!と胸を押して体を離した。
「もう行ってっ!!」
あっ!でも、兄さまなら知ってるかも!!
「ね、『黄金の琵琶』は上皇のものなの?
平杏仁が数日前、盗まれたって検非違使庁に訴えたらしいんだけど?」
兄さまは顎に指を添え、思い出そうとしたあと、
「そうだな~~~聞いたことがあると思うが・・・・あっ!そうだ。
たしか『黄金の琵琶』は上皇が即位前、まだ源定省様だったころだから十二年以上前、平杏仁から進呈されたものだ。
平杏仁は定省様に先祖代々の宝物を捧げて、出世の暁には見返りに官職を期待したようだが、上皇が平杏仁を出世させた形跡は無かった。
それだけではなく、平杏仁は大事な一人娘さえも上皇に差し出し、姻戚関係を結ぼうとしたが、上皇は見捨ててしまったようだ。」
はぁっっ??!!
酷いっっ!!
一回だけで夜離れるなんて、クズ中のクズっっ!!
しかも宝物を受け取っておいて、賄賂だったとしても、見返りを返さないって極悪っっ!!
憤っている私の鼻息に恐れをなしたのか兄さまが
「上皇だけを責めるのはどうかと思う。
全て平杏仁が身勝手に決めたことだし、もし賄賂の見返りに全員を出世させれば朝廷は機能しなくなる。」
理屈はわかるけど、イラっ!として
「だって、そのせいで平杏仁さんは被害妄想なのか『黄金の琵琶』が手元に無いことを
『年若くして引退した盗賊団の頭目の仕業』
とか
『教養溢れた若い貴族が鑑定したときに盗んだ』
とか
『欲深い商人が仲介して、朝廷での官職を買ってやるという話があった。』
とか言ったらしいのっ!!可哀想でしょっ!!」
兄さまはウ~~ンと唸り
「それぞれ、上皇のことを皮肉ってるんだろうな。」
あっ!
もっと重大な事を思い出し
「それにっ!
平杏仁さんが毒を飲んで死んだのは上皇の差し金っっ??」
兄さまは眉根を寄せ、深刻な顔つきになり
「検非違使に訴えたあと、毒を飲んで死んだんだな?
平杏仁は年を取り、耄碌して行動の是非の区別がつかなくなった。
騒ぎ立てて事を大きくすれば、上皇の耳に入り消されても仕方がない。
長年の恨みが積もりに積もって、ついには自制できなくなったのか、理性の箍が外れる病に侵されたのかもな。」
それにしてもっ!!!
黙らせるために、最後は殺すなんて非道すぎるっっ!!
怒りが抑えられず、
「上皇って、それほどの悪人だとは思わなかったっっ!!
平杏仁さんの相続人は甥だけって言ってた!
ひとり娘は上皇に捨てられたせいで死んだのかもっ!!
可哀想すぎるっっ!!」
兄さまは深刻な顔つきのままコクリと頷き
「確かに、帝の即位直後、後宮で噂になったことがあった。
即位前からの付き合いの姫が入内できないことを苦にして病みつき、ついには儚くなったと。
枝から採るとすぐに痛んでしまう枇杷の実のように、上皇の女子への気持ちも、移ろいやすく、壊れやすい、脆いものなのかもな」
ポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
枇杷の可食部は三割ぐらいですってね~~~!




