EP472:伊予の物語「黄金の琵琶(おうごんのびわ)」 その4~伊予、枇杷採りの苦労を知る~
忠平様が私から目を逸らさず、瞬きもせず見つめ
「欲しいと願い続けて、やっと手に入ったとしても、外から見るほどいいもんじゃない、ってこと。」
「う~~~ん。それはそうかも!何にしても当事者って大変だものね!
傍から見て憧れるのは簡単だけど。
検非違使だって扱うのは面白い事件ばっかりじゃないし!
枇杷と言えば・・・・あっ!
ねぇ!忠平様!『黄金の琵琶』って知ってる?」
早口で言い終え、はたと自覚した。
急な話題転換は焦ってる証拠?
だって、思い詰めた雰囲気で見つめられたし、気まずかったから。
忠平様は苛立ったように眉根を寄せたあと、何かに気づいて意地悪そうにニンマリと笑い
「いつでも隙あらば、私が伊予を口説くとでも思ったのか?
まぁいい。
焦るってことは、私にもまだ脈はあるってことだな?
ええっと『黄金の琵琶』?
あの正倉にある聖武天皇の『螺鈿紫檀五絃琵琶』にも劣らないと言われる、豪華な逸品だな?
確か、上皇の宝物庫で見かけた気がする。
それがどうかしたのか?」
えぇ??
じゃあ上皇が平杏仁から盗んだの?
「平杏仁という貴族の屋敷から、一昨日、盗まれたらしいの!!」
忠平様が怪訝な顔で
「そんなはずはない。
私が見たのはもう五年以上も前だ。
そのころには上皇の物だったはずだ。」
はぁ??!!
わけがわからないっっ!!
平杏仁が嘘を検非違使庁に訴えたの?
なぜ?
う~~~~ん。
でも言う事が二転三転してるし、平杏仁が嘘をついてるとしたら、なぜなの?
目的は何?
顎に指を当て考えこんでると、忠平様がもの言いたげな眼差しで、ジッと見つめてるのに気づいた。
焦って
「じゃ、ホントに帰るわね!枇杷をありがとっ!!」
クルッと背を向けて歩き出そうとすると、
グイッ!
後ろから腕を掴まれた。
低い硬い、艶やかな声で、キッパリと
「たとえ恋しい女子が未熟で期待通りじゃなかったとしても、かまわない。
私は欲しいものに、何度でも手を伸ばし続ける。」
ドキッ!
胸が高鳴る。
「あっ!あのっ!早く帰らないとっ!!迷惑がかかるから、もう行くねっ!!」
掴まれた腕を振り切って、走って枇杷の木まで戻った。
木に登って枇杷の実を採りまくる『猿神の化身』から、地に降りて『丸っこい人間の従者』に戻った竹丸が、袖で汗をぬぐいながら
「あれ?姫、枇杷を包む風呂敷は?四郎様にもらわなかったんですか?」
あっっ!!!
「すっかり忘れてたっ!どーーしよっっ!!」
私がオロオロ狼狽えてる様子に、何かを察したのか竹丸が
「じゃあこれを持って帰っていいですよ!汚れてるけどいいですよね?」
ウンと頷くと、枝につってた布に、私の分の枇杷を入れて渡してくれた。
竹丸にもお礼を言って枇杷屋敷を後にした。
雷鳴壺に持って帰った枇杷は、椛更衣や桜や有馬さん、後で梢にもあげると、美味しそうに食べてた。
枇杷をひとつずつ剥きながら頬張る梢の様子をぼぉっと見てると、昼間のことを思い出した。
上皇の宝物庫にあるという平杏仁の盗まれた『黄金の琵琶』や、忠平様の真剣な眼差し。
涼やかな目元、鋭い顎の線、薄い桃色の唇、筋の通った鼻梁。
忠平様のことが、私がまだ幼いころの、今よりも若々しい青年だった兄さまの姿に見えた。
今すぐ触れたい。
全身を隅々まで、兄さまでいっぱいに満たしたい。
匂いで、体温で、体液で、感触で。
逢いたくて、恋しくて、狂おしいほどの焦燥が胸を焦がした。
枕に頭をつけても眠りにつけない、長い夜が、また訪れた。
次の日、椛更衣が何気なく
「枇杷、美味しかったわね~~~!伊予が食べられないのは残念だけど。」
仰るので、もう一度、枇杷屋敷を訪れて竹丸に分けてもらう事にした。
って枇杷屋敷は忠平様のものだから、『竹丸に分けてもらう』はおかしいよね?
午後、枇杷屋敷を訪れると、竹丸がまた木に登って枇杷を採ってる最中だった。
私に気づいて竹丸が
「今度こそ主殿で風呂敷をもらって来てくださいっ!!
母屋にいなければ塗籠で寝てるかもしれませんよっ!!」
はぁ???
また忠平様がいるの?
暇なの?
仕事は?
チョット警戒しつつ、主殿に渡り、御簾を押して入った。
できれば会わずに帰りたかったので、自分で風呂敷を探すことにした。
母屋を見渡しても見当たらない。
棚を物色したり、手箱を開けてみたりしたけど、それらしいものはない。
どこに置いてるのかしら?
塗籠??
真っ暗だし怖いけど、戸をあけっぱなしにすれば中が見えるかも!!
塗籠の妻戸に近づいて、大きくあけ放ち、中を覗き込んだ。
ん?
大小の櫃や書棚や衣装箱、使わない几帳や衝立、が置いてあるけど・・・。
誰も寝てる気配は無いけど?
もっと奥まで入って探す?
躊躇いながら、足を踏み入れ、キョロキョロしてると、
バタンッ!!!
妻戸が勢いよく閉まる音がして、辺りが真っ暗になった。
「えっ!!忠平様っっ??!!いるのっ?!!冗談はやめてっ!!暗くて見えないから危ないでしょっ!!」
叫ぶと、
ギュッ!
腕を掴んで引き寄せられ、
フワッ!
狩衣の硬い胸に抱きしめられた。
はぁっっ???!!!
パニクって胸を押して暴れ、体を引き離そうとした。
「嫌っっ!!やめてっ!!忠平様っっ!!こんなの卑怯よっっ!!」
(その5へつづく)