EP466:伊予の物語「沐猴の木通(もくこうのあけび)」 その5~伊予、間女の疑いをかけられる~
その場の空気が凍り付いたような、気まずい沈黙が流れたので、
「え?何?知り合い?」
おそるおそる聞くと、梢が弾かれたように
「伊予さん?!伊予さんなんですかっ?!!朱実の彼氏の浮気相手ってっ!!信じられませんっ!!いい人だと思ってたのにっっ!!」
「は?え?浮気相手って・・・・。狭野方さん?は、昨日初めて会った人で、恋人でも何でもないんだけど。」
梢がプンプン湯気を出して怒って、腕を組み
「じゃあなんで一緒にいるんですかっ!!朱実は彼氏の浮気にこんなに悩んでるのにっ!!!」
「え?」
と狭野方さんの顔を見ると、眉間にしわを寄せた厳しい表情で朱実を睨み付けてる。
もしかして、朱実が『浮気癖のひどい彼女』?
で梢の話では狭野方さんが『浮気するわ、暴力をふるうわのクズ彼氏』?
どっちがホントの事を言ってるの??
両方??なら、スンナリ別れてるよね?
私の印象では狭野方さんは悪い人には見えない・・・・けどよく知らないから何とも言えないな~~~~!
狭野方さんが朱実を睨み付けながら
「また嘘をついたなっ!!
僕が浮気したことなんて一度もないだろっ!!
暴力だってふるったことも無いしっ!!
それに引き換えお前は、お前はっ!!近戎とも付き合ってるんだってなっ!!
役人で高給取りだから贈り物や美味い飯をたくさんおごってくれるんだろ??
ヤツがボヤいてたよっっ!『女儒の朱実という女は欲深くて困るが、可愛いところもある』とかなんとかっ!!
マジでお前を信じられなくなったっ!
今日こそ本当に別れてくれっ!!僕を解放してくれっ!!」
はぁ??
そうなのっ??!!
驚いて朱実を見ると、焦ったように顔を真っ赤にして、唇をワナワナ震わせてるけど、簡単には引き下がらず、すぐに立て直して
「はぁ?バカじゃないのっ!!
近戎??誰それ??そんなヤツ知らないしっっ!!
私が浮気した証拠でもあるってゆーのっ??!!!
嘘ばっかりでっち上げてっっ!!
別れたいなら慰謝料払いなっっ!!
そのクソアマとの浮気現場を押さえたんだから、そっちが悪いの確定でしょっっ!!」
開き直って悪態をつくこの子が『いい子』?
梢も朱実の豹変っぷりに戸惑ってるみたいに目をパチパチ瞬かせてる。
睨み付け、お互い一歩も引かない両者に梢が恐る恐る割って入り
「あの~~、でも、朱実が浮気したって証拠もないですし~~~、それに対して、狭野方さんは伊予さんと一緒にいたってゆー決定的証拠があるワケですし~~~、どっちが悪いかって言ったら~~~~」
とか言い始めたので、イラっとして
「近戎さんの証言の他に朱実の浮気の決定的証拠?ならあると思うわ!
狭野方さん、近戎さんの屋敷を何か理由をつけて家宅捜索してみれば?
きっとアケビの蔓で編んだ籠が出てくるわ!
朱実が仲良くなると誰にでも贈るみたいだから、浮気相手にも贈ってるはずっ!!
知らない人の家から手作りの籠なんて出てこないわよね?」
朱実が顔を真っ赤にして、私に向かって勢いよく怒鳴りつける
「クソアマっ!!いい加減にしろっ!そんなものが何の証拠になるってゆーのよっ!!
私が浮気してたからって何っ?!そっちも浮気してたんでしょーーがっっ!」
「伊予は浮気してないよ、多分。
宴の松原で私たちを見かけてすぐに引き返したからね。」
後ろから、硬くて低い声がして、限りなく黒に近い紫色の束帯・冠姿の兄さまと泉丸が現れた。
皆が『誰?』ってキョトンとしてたけど、四位以上の公卿だってことは分かったみたいで、空気が一変し緊張したものに変わった。
恐縮したような、恐れ入ったような雰囲気が漂い、誰も口を開かなくなったので
「あの、左大臣様、随身がお一人だけの外出は不用心かと存じます。」
話しかけると、ニコッ!とよそ行きの愛想笑いで一同を見渡し、朱実に向かって
「伊予は私の古くからの親しい友人で、出会ったばかりの男性と体の関係になるような女子じゃない。
私が保証する。
話を聞いていると、近戎と朱実が浮気した証拠があるようだから、嘘をついているのは朱実で、狭野方の浮気の実際の証拠が他になければ、朱実は慰謝料など請求せず、今すぐ狭野方と別れるように。
検非違使の権力を振りかざしてお前を公に訴えて裁こう、などと微塵も考えもしなかった狭野方の、優しさにつけこんで甘えるのもこれまでにしろ。」
ピシャリと言い放った。
朱実は真っ青になって
「・・・ハイ」
か細く呟くと、逃げるように宿舎がある采女町の方へ走っていった。
梢も後を追って駆けていった。
狭野方さんは驚いたように目を見開いて、私と兄さまを交互にチラ見してた。
兄さまがひとつの感情も持たないような冷たい無表情で私を一瞥し、視線を外し
「では内裏に戻る。行こう。」
泉丸に話しかけた。
私は会釈し
「ご苦労様です。お気をつけて。」
挨拶して、二人が立ち去るのを見届けた。
狭野方さんと二人で、内裏の殷富門まで戻り、解散となった時、私が
「今日は一緒にお昼が食べられなくて残念でしたね。」
狭野方さんが俯いて
「あの・・・伊予さん、朱実のことで僕に幻滅したのではないなら、また一緒に、どこかに出かけたり、会って話をしたり、してくれるかな?」
(その6へつづく)