EP465:伊予の物語「沐猴の木通(もくこうのあけび)」 その4~伊予、家族は一番身近な他人と痛感する~
狭野方さんが難しそうな顔で
「母親は夫を介護放棄したことや食事を減らしたことを認めたが、あれは復讐だと言い張ったんだ。
結婚して以来、三十年間、彼女は夫から外出を禁止され、買い物や友人と会うことすら許されず、屋敷に閉じ込められ罵倒や体罰といった暴力を日常的に受け続けたらしい。
息子が生まれてからもそれは変わらず、息子もその姿を見ていたはずだと。
『あの人に似た鬼のような人間に育ってしまった』と目の前で泣き崩れられて、どうすればいいのかわからず困ったよ。」
う~~~ん、それがホントだとすると、夫から酷い仕打ちを受けた三十年間に対して、復讐したのが五年間だから、母親の方が罪が軽いってこと?
父親から受けた日常的な暴力と支配に比べて、介護放棄ならまだ甘いってこと?
でも、母親の言い分には証拠がないし・・・・。
あっ!でもっ!!
「昨日聞いて思ったんだけど、近戎さんは少なくとも一年前には母親が父親に虐待してることに気づいたんだよね?
食事の量とか外出とかを見張って記録させてたんだから。
なぜその時点で母親に虐待をやめさせなかったの?
そうすれば、今も父親は生きてたかもしれないのに?
『尊敬する大好きな父親』って言う割には、悲惨な状況を止めなかったんだよね?」
狭野方さんも深刻な表情で頷き
「そう。だから僕も近戎は父親が気の毒だから母親に制裁を加えたいという正義感じゃなく、母親の財産狙いの訴えじゃないかと思う。何たって、面会を始めるとすぐに
『お前ら検非違使のような体力だけが取り柄の脳筋野郎と違って、私は朝廷の頭脳である太政官右弁官局の役人だぞ!
だから三十六歳の今でも若い女子が次から次へとウヨウヨ寄ってきて、誰でもより取り見取りだっ!
羨ましいだろ?ウハハハハハハッ!』
と威張り散らしてたから、絶対嫌なヤツだと思う。
もっと嫌な事も聞いたんだけど、君には関係ないから黙っておくよ。」
はぁ~~~~~!!??
「そうなんだぁ~~~!」
イマドキそんな絵に描いたような嫌なヤツ!がこの世に存在するのねっ?!!!
ちょっとビックリ!
そうなると、この話の登場人物に『善人』は存在しない気がする。
全員が性悪で自業自得?で一方的な加害者も被害者もいないっ!!
世の中難しいな~~~。
はじめは暴力の被害者でも、復讐すれば加害者として悪人になって、恨みをかってしまう。
母親はどうすればよかったの?
夫からの暴力を逃れられたと思ったのに、復讐したせいで息子に訴えられて、全財産を取り上げられるなんて!
しみじみ物思いにふけってると、ハッ!と思い出して
「そういえば、狭野方さんに恋人はいる?」
何気なく聞いたのに、緊張したようにピクッ!と口の端を引きつらせ
「ええっと、その、いないと言いたいところだけど、もう別れたいと何度も伝えているんだけど、実は、彼女がいるんだ。
浮気癖がひどくて治らないから、気持ちはとっくに無くなってるんだけど、向こうは意地になって別れてくれないんだ。」
へぇ~~~~~!
大変そう!!
じゃあ、まだ恋人候補とか、好きにならない方がいいかも!
そんなこんなで、松や雑木の林が広がる『宴の松原』に差し掛かった。
どこでお昼を食べようか?って場所を探してウロウロしてるうちに、木々の間に誰かがいるのが見えた。
ほぼ黒色の束帯?姿の男性が二人、顔がよく見えないけど、ひとりは背中をつけて幹にもたれてて顔は向こうに向けててよく見えないけど冠を着けてるから四位以上の公卿?
もう一人は烏帽子姿だから衣は黒色だけど官人じゃない。
仕事中の官人は冠を被るし。
よく見ると銀の文様の刺繍が光り加減でキラキラしてる。
ドキッ!
として、狭野方さんに小声で鋭く
「ジッとしてっ!!見つからないように様子を見たいから隠れてっ!!」
私が木の陰に身を隠すと、キョトンとしつつも狭野方さんも真似して身を隠す。
「誰?伊予さんの知ってる人?」
コソコソ聞く。
「いいから黙って見ててっ!!」
二人の様子をうかがってると、烏帽子姿の泉丸が、幹にもたれた兄さまの腰に手を回して抱きつき、肩に顔を持たせかけた。
そのままジッとすること、しばしの間。
ってもう四半時(30分)?は過ぎたんじゃない??
抱き合うの長すぎないっ??!!
イライラ、ヤキモキしてると後ろに隠れてた狭野方さんが
「ふわ~~~~!」
ってアクビして
「いつまで覗くんですか?あれは彼氏?二人のうちのどっちかが?って、片方は公卿だよね?もう一人もスゴイ美形だよね!昼間からお盛んだな~~~!」
悪気は無いと思うけどイチイチ言葉が刺さるっ!!
痛いっっ!!
「あっ!動いたっ!!」
と思ったら、泉丸がグッ!と爪先立って伸びあがり、兄さまに顔を近づけると、兄さまも顔を傾け、応えるように唇と唇を重ねた。
はぁ???!!!!
ショックと嫉妬で胃が痛いっっ!!
キリキリして穴が開きそうっっ!!
二人が口づけを終え、お互いをウットリと見つめ合ってるのを見てるうちに、その場にいることに耐えられなくなって、
「もう帰りましょっ!!」
兄さまたちに背を向け、内裏方向へ向かってズンズン歩き出した。
狭野方さんは気を使ったのかずっと無言でついてくる。
宴の松原から内裏までの半分の距離にある釆女町に差し掛かったあたりで、二人の女儒が話しながら内裏へ向かって歩いてるのを見かけた。
後姿のひとりが梢だと気づいたので
「ね!梢っ!今お昼休みの終わり?」
声をかけると、梢ともう一人の女儒が振り向き、狭野方さんをみて、ハッ!として固まった。
(その5へつづく)




