EP462:伊予の物語「沐猴の木通(もくこうのあけび)」 その1~伊予、検非違使庁で優しそうな男性と出会う~
【あらすじ:たまたま知り合いになった、優しそうな検非違使から聞いた話では、朝廷の太政官弁官局少史というお堅い肩書の役人からの相談が、残酷な母親を懲らしめたいというものだった。親しい女儒から聞いた話では、浮気するわ暴力をふるうわのクズ彼氏なのに別れたくない!と意地を張る、殊勝な同僚の女儒がいるという。鬼が出るという噂の宴の松原は気味が悪いけど、人目を忍んで逢引きできるし、実は大内裏でも屈指のデートスポットかも?!このまま愛しい人に忘れ去られそうな私は、今日も浮気心と戦う!】
今回も一話ずつ毎日12:00~公開します!
全何話?かはまだ未定でございます!
よろしくお付き合いお願いいたしますっ!!
晴れれば容赦ない日差しが肌を差し、曇れば冷たい風が肌を撫でる、過ごしやすいのか過ごしにくいのか微妙な五月下旬のことだった。
兄さまが十年前にインチキを暴露して、陰陽寮を解雇になった志茂岳という元陰陽師が逆恨みして、恋人の私を誘拐した事件から数日がたった。
無事に内裏の雷鳴壺へ戻ることができて、ホッとした日々を過ごしていると、誘拐事件の事情聴取をしたいから検非違使庁へ来るようにという呼び出しがあり、椛更衣の許可を得て、訪れることにした。
内裏の東にある建春門を出て、東に進むと左近衛府と左兵衛府に挟まれるようにして大内裏の出入口のひとつの陽明門があり、そこを出ると南北に走る大宮大路を挟んですぐそばの建物が左衛門府、その東に検非違使庁がある。
私は括り袴に丈の短い単衣・袿・市女笠を身につけて、そこまで歩くことにした。
検非違使庁で門番に巌谷さんと約束があると告げると、建物の中に案内してくれた。
待つように言われて、廊下で待ってると、奥から灰色の水干・袴・烏帽子姿の若い男性がやってきた。
ちょうどそのとき『志茂岳事件』の証拠の一つである、更衣さま方へ送りつけられた和歌を記した紙を、内侍司で預かったのを思い出して取り出そうと、袖に手を入れ、ゴソゴソと袂を探っていると、
カサッ!
袖口から小さい巾着が飛び出して、廊下に落ちてしまった。
あっ!
影男さんに会ったら、いつでも渡せるように袂に入れてたんだった!!
腰を曲げて拾おうとすると、通りかかったその若い男性が、すれ違いざまに腰を曲げて拾ってくれて
「落ちましたよ。きれいな刺繍ですね?桜・・・・山桜ですか?山の斜面に咲いているように刺繍してあるから。」
え?!!
わかるっっ??!!
山桜って一目でわかってくれて、褒められて嬉しくなってテンションが上がり、満面の笑みで巾着を受け取り
「ありがとうございますっ!!そぉ~~~なんですぅっっ!!!上手くできた!って自分でも思っててっ!!」
その男性も私の突沸したハイテンションにつられたようにニコッ!と微笑み
「あなたが作ったんですか?それはすごいっ!職人技ですねっ!」
や~~だぁ~~~っっ!!
それは褒め過ぎっっ!!!
でも嬉しいっ!!
嬉しすぎて瞳孔が開きっぱなしでニヤけつつその男性の顔をまじまじと見る。
目鼻立ちは整って、眉は端が下がりがち、切れ長な目は兄さまに少し似てる、文句なしの美男子!
二十代前半ぐらいで第一印象は『優しそう!!』
そのとき、御簾を押してヒョイ!と顔を出した巌谷さんが
「おおっ!狭野方かっ!ちょうどいい。右弁官局右少史の近戎さんからの相談を受けてくれないか?
私はそこの伊予さんから『志茂岳事件』の事情聴取をするから。」
親切!気遣い!思いやり!美男子の狭野方さんが
「はいっ!」
ハキハキと答えて御簾の中に入り、私もついて中に入った。
母屋は衝立と几帳で全体を六カ所ぐらいに区切られていて、巌谷さんが指さした区画に、狭野方さんが几帳をよけて入り、私は巌谷さんに案内されるまま、別の衝立で仕切られた区画で事情聴取を受けた。
事情聴取では、左大臣邸からの帰り道に蓬矢(これは仮名で本名は志茂岳蓬矢というらしい)に誘拐された経緯や、主殿にどれくらい軟禁されてたかとか、謎の和歌の意味や因縁のきっかけや私を左大臣の恋人だと突き止めた方法など、色々な質問に聞かれるままに答えた。
巌谷さんは兄さまの友達?といっても、仕事上の付き合いで、私的な事は知らないだろうな~~~!と思いつつも、泉丸と兄さまの最近の様子が知りたくてウズウズし、言葉が喉まで出かかってた。
兄さまは今、どうしてるの?
誰と夜を過ごしてるの?
奥さま方?
それとも、泉丸?
泉丸を欺くためには、竹丸との連絡も断つべき!
なので竹丸に近況報告も頼めない。
このまま兄さまは私の存在を忘れ去って、泉丸と永遠を共にするの?
逢えなくても寂しくないの?
私は寂しい。
誰かにこの寂しさを埋めて欲しい。
影男さん?
巾着を渡す機会があれば、愚痴を聞いてもらおっと!!
次の日、椛更衣の食が進まないので、蘇(乳加工食品)を処方してもらうために典薬寮を訪れた。
受付で注文し、準備してもらってる間、待合場所に並べられた円座に、診察や薬を待ってる他の大勢の人々と同じように座ってると、隣の円座に誰かが座る気配がした。
何気なく横を向くと、端が下がった眉の、優しそうな笑顔の、灰色の水干・括り袴・烏帽子の男性が座ってる。
「狭野方さん?!」
昨日、初めて会ったばかりの人に、思いがけない場所で再会したことにビックリして、思わず大きい声を出してしまった。
(その2へつづく)