EP461:伊予の物語「追憶の扶桑樹(ついおくのふそうじゅ)」 その9~伊予、海が桑畑になるのを待つ~
他にも数人の検非違使がいて、抵抗する蓬矢を誘拐の現行犯で逮捕・連行しようとしてた。
私は主殿を出て、庭や、廊下をキョロキョロ見まわし、巌谷さんに
「なぜここが分かったの?左大臣さまも一緒ではないの?」
巌谷さんが意外そうに眉を上げ、辺りをチラ見し
「おかしいですね。
ここまで一緒に来たんですが、姿が見えませんね。
ここが分かった理由はですね、左大臣さまが梢という女儒から
『伊予どのが左大臣邸に出かけたまま二辰刻(4時間)近く戻らない』
という報せをうけ、椛更衣に確認したところ、『謎の和歌』や『桑畑』の文を相談しに出かけたと聞き、『謎の和歌』から『十年前の大晦日の事件』と関連があると推理し、志茂岳の関与を疑い屋敷に駆け付けたんです。
左大臣さまの推理通り、ここ、志茂岳の屋敷にあなたが監禁されていました。」
すぐ近くにいるっ!!
ソワソワしながら庭を見渡し、ウロウロと廊下を渡って侍所をのぞき、東中門廊から庭へ降り、車宿りをざっと見て、見当たらないことを確かめ、ついには東門から路へ出た。
路の両方向を見渡しても姿が見えないので、ガッカリしてまた東門から屋敷の中に入った。
巌谷さんに合流しようと、庭から侍所の扉を押して入ると、目の前に狩衣姿の男性の後ろ姿があった。
ドキッ!!
心臓が跳ね上がって口から飛び出しそう!!
ドキンッ・・ドキンッ・・ドキンッ・・・・・
鼓動が速く大きく打ちすぎてうるさいぐらいになり、頭が真っ白になった。
その男性に少しずつ近づくと、気づいた男性が振り返った。
フワッ!
白檀の香しい匂いが漂い、筆で引いたような美しい眉を驚いたように上げ、切れ長な目を見開き、桃色の薄い唇の端を少し上げて、兄さまが微笑みかけた。
不意打ちするみたいに素早く兄さまの胸に飛び込み、腕を回しギュッと狩衣の背中を握りしめた。
スッ!
肩に兄さまの腕の重みと温もりを感じ、安堵と幸せで震えるほど全身が満たされた。
背中に触れる指の動きにさえ吐息が漏れそうなほど、兄さまの感触に敏感になった。
このまま離れたくないっ!!
ずっと抱きしめてて欲しいっ!!
願いながら、しっかりとしがみついてたのに、兄さまはすぐに、抱きしめるのをやめ、両肩を掴んで私を引きはがした。
私を見つめながら申し訳なさそうに微笑み
「よかった、浄見が助かって。
私のせいで、志茂岳の逆恨みで、浄見を危ない目に合わせてすまなかった。」
物足りない私は、全身全霊をかけて、兄さまを虜にしようと、ありったけの蠱惑を集めて、潤ませた瞳で縋るようにジッと見つめ
「それだけ?」
物欲しそうな、安っぽい媚だって思われるかもしれないけど,
品の無い、淫猥な、どうしようもない女子だって思われるかもしれないけど、
兄さまに触れられたかった。
もう一度、食い入るように見つめ
「時平さま、好き。ずっと逢いたかった。」
呟くと、我慢できなくなったように、荒々しく腕を掴まれ、胸に引き寄せられた。
片手で私の腰を引き寄せ、体を押し付けると、もう片方の手で無造作に顎を掴み上を向かせ、素早く唇で唇を覆う。
私は頸に腕を絡め、しがみつくようにして、全身で兄さまの感触を確かめた。
舌と舌を絡ませ、お互いの体液を飲み込み、唇で唇を貪るように愛撫する。
官能の興奮が全身を駆け巡り、淫らな快感をもたらすあらゆる敏感な部分から、甘美な蜜が滴り、溢れ出るようだった。
しばらくそうして、やっと唇を離すと、兄さまがフッと小さくため息をつき
「・・・桑畑で実が赤く色づくほど激しく、浄見と愛し合いたいな。」
甘美な陶酔から抜け出せないまま、ぼぉっとして
「ん・・・・、
まだ、泉丸と別れられないの?
菅公の弱みは見つからないの?」
兄さまも上気した虚ろな表情で
「そうだな。
まだ、もう少しかかるかもしれない・・・」
ハッ!とあることを思いついて
「思い出したんだけど、上皇は昔から私を霊能力のある巫女だと思ってるの!
幸運の護符って言ってたし!
それなら私がもう処女じゃないって伝えれば、上皇は私のことなんてどうでもよくなると思うっ!!」
兄さまは疑わしそうに表情を曇らせ
「いいや。だとしても浄見の動向を知らせたくない。
もし霊能力など関係なく浄見を妃にしたいだけなら奪われてしまう。
浄見の居所は私も知らないままの失踪中ということにしなければならない。
危険を冒すわけにはいかない。
だが、そうだな・・・・」
フッと微笑み
「滄海桑田とも言うし、案外、上皇が権力の頂点に君臨する今の状況は、長く続かないかもしれないな」
ポツリと呟いた。
(*作者注:滄海桑田:世の中の変化が著しく激しいこと。青い海が桑の畑になるという意。)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
桑畑って昔はそこらじゅうにあったんでしょうか!?