EP460:伊予の物語「追憶の扶桑樹(ついおくのふそうじゅ)」 その8~伊予、巫女の能力を期待される~
六歳の私は
「へいじ兄さまっ!どうしてここにいるの?」
叱られたことよりも驚きと嬉しさが勝って思わず腰のあたりにギュッと抱きつくと、ヒョイ!っと抱き上げられ
「儀式に遅刻したんだ。さぁ、牛車まで運んでやろう。」
抱っこされながら歩き出した。
いつ見ても美しい、兄さまの玉のような肌と、ツヤツヤの額、筋の通った鼻梁、尖った顎の線に、ウットリと見惚れながら、頸に抱き着き、運ばれるままにしてた。
今思い出しても、当時の自分が羨ましいっ!!!
「お~~~いっっ!!急にどうした?黙り込んで」
座り込んでぼぉっとしてる私の目の前で、蓬矢がしゃがみ込んで顔を覗き込みヒラヒラと手を振り話しかけてた。
ハッ!と我に返って姿勢を正し、蓬矢を睨み付けた。
「で、結局、私をどうするつもり?
醜い復讐の鬼と化した父親の言いなりになって、痛めつけて殺すの?」
殺される前に強姦されるかもしれないけど、どうせなら反撃して、一発蹴り上げるぐらいの制裁は加えてやるっ!!
鼻息も荒く、でも冷静に、虎視眈々と一撃を狙うつもりで身構えた。
蓬矢はスクッ!と立ち上がり、ヒョロっとした背筋を伸ばし、高い位置から見下ろすと、不敵な笑みを浮かべ
「強姦すると思っているのか?
そんな手荒な真似はしないよ。
ただ、伊予どのには私を助けて欲しいんだ。」
は??
「何をどうすればあんたを助けられるって言うのっ??!!何からっ?!」
蓬矢が不安そうに眉根をよせ首を横に振り
「実はな、父上が失職し、家計が苦しくなったことで、私は自暴自棄になり、理不尽な神仏を怒り、恨んだ。
無性に神仏を穢してやりたい衝動に駆られた私は、扶桑の御神木に小便をかけた。」
えぇっ??
「そんな罰当たりなことをすれば、『祟りで肉体が損傷する』ってある人が言ってたわっ!!」
蓬矢は悪びれもせず肩をすくめ
「そう言い伝えられているが、実際、肉体に異常はない。今のところは。
ただ、それ以降、私の大事な部分に、一本の白くて太い毛が生えたんだ。
もしその毛が抜ければ、私の大事な一物は役に立たなくなるだろうと父上は言う。」
「だから何?私に何の関係があるのっ?!」
不能でも何でも勝手になればいいじゃないっっ!!
罰当たりなことしたんだからっ!!
「その顔は信じてないなっ!よしっ見せてやる!」
目の前につっ立ったまま、蓬矢が袴の紐をほどこうとするので
「イヤッ!!見たくないっ!!」
目をつぶって横を向いた。
「ハハハッ!」
蓬矢は乾いた笑い声を上げながら、しゃがみ込み、私の肩を両手で掴み、片手で顎を摘まんで正面を向かせた。
「だから助けて欲しいと言ってるんだ。
お前は霊能力を持つ巫女だろ?
父上が言うには、巫女と交われば御神木の祟りは浄化されるかもしれないと。
私が不能になる前に、お前の力で私を救ってほしいんだ。」
懇願するように真剣に見つめるけど、そんなの私の知ったこっちゃないっ!!
かつ、私とナニしたからって、祟りが浄化されるワケないっ!!
巫女じゃないしっっ!
それにたしか・・・・
「ねぇ!巫女って処女じゃなくなれば霊力を失うんでしょ?
私は処女じゃないわっ!!」
睨み付け、堂々と言い放ったけど、普通は恥じらうべきところ?
蓬矢は軽蔑したように鼻の横に皺をよせて笑い
「本当にバカな女子だな。
もしお前と交わって祟りを浄化できなければ、殺して鳥辺野に捨てるだけのこと。
だが祟りを浄化できて、体の相性が良ければ、妾のひとりにしてやってもいいぞ。」
はぁ??!!
どっちみちヤルってこと??!!
キモッ!!!
嫌悪感でゾッとしながら、それでも弱みを見せないようにキッ!と睨み続けた。
蓬矢はすぐに行動は起こさず、主殿の格子をすべて降ろし、出入りできるのは妻戸だけという状態にし、その前に座り込んで、蒸し暑い室内に私を軟禁状態にした。
本人は
「私は下衆な連中とは違う。力づくで無理やり犯したりはしない。
お前が飢えや渇きに我慢できず私に懇願するまでいくらでも待ってやる。」
とか言ってたけど、ホントは私に全力で拒絶されてバカにされ、変に高い自尊心が傷つくのを怖れて手を出せないんじゃないの?と訝った。
私を再び後ろ手に拘束し、自分は酒や食べ物を目の前で飲み食いし、私が音をあげるのを待ってた。
格子越しに見える外が暗くなってきて、かれこれ一辰刻(2時間)以上は過ぎたと思われたころ、廊下を
ドンドンドンッ!
足早に渡る音がして、
「若様、検非違使が近くで起きた強盗の捜査の一環として、屋敷内を見分したいとのことです。
あっ!すでに上がり込んで屋敷内を引っかき回しておりますっ!!」
雑色が告げると、蓬矢は苛立ったように立ち上がり、妻戸を押して外に出ながら
「追い払えっ!いや、戸の前で女を見張っていろっ!」
荒々しい足音を立てて廊下を歩いていった。
すぐに
ドスドスドスッ!!
という物々しい足音に混じって、男性の怒鳴り声が聞こえ、
バンッッ!!
妻戸が荒っぽく開けられたと思ったら、素早く灰色の水干姿の男性が近づいてきて、後ろ手の拘束を解いてくれた。
「大丈夫ですか?」
検非違使庁の役人で、兄さまの古くからの友人?の巌谷さんだった。
(その9へつづく)