EP456:伊予の物語「追憶の扶桑樹(ついおくのふそうじゅ)」 その4~更衣あてに謎の和歌が届く~
私は慌てて両手で影男さんの胸を押して、体を引きはがし
「いいのっ!一緒にいてくれなくてっ!!」
言い放って、影男さんの手の届かない距離に立ち、とりあえず気まずい間を埋めるために新任大舎人・蓬矢の話や、幼いころの夢の話、その他当たり障りのないことをベラベラ話し続けた。
いつまでもダラダラと他愛のない話をすることにかけてはちょっとした自信があったから、際限なく話し続けてると、はじめはイイ感じの相槌を打ってくれた影男さんが、終いには眠そうに欠伸をし始めたので、
「あっ!眠くなった?よね?私も!じゃ戻って寝ることにするわね!
変な夢見て怖かったところに来てくれてありがとうっ!!じゃねっ!!」
手を振りながら、そそくさと雷鳴壺の自分の房へ戻った。
ふ~~~~。
流されなくてよかった~~~!!
ホッとしたような、物足りないような。
微妙な気持ち!
次の日、また蓬矢さんが文を届けてくれた。
目が合うと、青白い頬に、いかにも無理してます!って感じの『お愛想』の笑みを浮かべ
「椛更衣さま宛てです。」
文を受け取りながら、改めて顔をジックリ見ると、彼にどこか見覚えがある気がして
「ありがとう。ご苦労様です。
あの、私たち、以前どこかで会ったことありません?」
蓬矢さんは作り笑いを引っ込め、真顔に戻り平然と
「いいえ。無いと思います。
でもなぜそう思うんですか?」
幼いころの夢を見たばかりだったので、あの白装束姿の少年の顔と雰囲気が蓬矢さんにそっくりだと思った。
「ええっと、十年ぐらい前に、扶桑の御神木の前で行われた儀式に立ち会ったことがあるんです。
その時、見かけた少年に似てるなって思ったんですけど・・・・」
蓬矢さんは驚いたように一瞬目を見開き、私の顔をマジマジと見つめると、首を横に振り
「いいえ。そんな儀式に立ち会ったことはありません。
人違いでしょう。」
え?
そうなの?
わりと自信あったんだけどな~~~~!!
「あっ!じゃ、変なこと言ってごめんなさい!会ったのも一回だけだし、きっと人違いですよね~~!」
テヘペロっ!って感じでやりすごした。
椛更衣あての文を、御座にお届けすると、すぐに開いてお読みになった椛更衣の表情が、だんだんと険しくなった。
読み終えられると
「これはどういう意味かしら?差出人は誰?」
そう言えば差出人の名を聞いてなかったなと、首を横に振り
「差出人の名は聞いておりません。お読みなればお分かりになるかと思ってました。」
椛更衣が、普段なさらないような心配そうな顔で
「伊予も読んでみて!これって不吉な意味かしら?」
手渡された文に書いてあったのは、次のような和歌一首だけだった。
『ついなして しょうなきそらに えのかみぞ またもさわげる はるのゆうぐれ』
う~~~ん、多分意味は
『追儺して 生なき空に 疫神ぞ またも騒げる 春の夕暮れ
(追儺の儀式で追い払い、亡き者にした疫神が、また騒ぎだしたような春の夕暮れだ)』
だと思うけど。
その通りを告げると椛更衣はウンと頷き
「そうよね?疫病が流行するという予言なの?誰がなぜ私にこんな和歌を送ったの?怖いわっ!!」
不安そうに眉をひそめ、怯えたように両手で自分を抱きしめた。
元気づけようと明るい声で
「差出人も不明ですし、あまりお気になさらない方がいいですわ!
怯える姿を見て楽しむような意地の悪い誰かの嫌がらせかもしれないですし!!
平気にしていればそいつも期待外れでしょうから!」
椛更衣も安心したように
「そうね!」
と納得なされた。
とはいえ、一応、椛更衣に危害が加えられても心配なのでその文をお借りして、温明殿にある内侍司へ相談に出かけた。
ちょうど居合わせた典侍の一人に相談すると、驚いた顔で
「まぁ!椛更衣のところにも?」
「え?ということは、他の妃嬪さま方にも届いてるんですか?」
典侍はウンと頷き
「そう。桐壺更衣でしょ、萄子更衣、それと槐更衣にも届いてたそうなの!」
ん?
もしかして?
「更衣さま方だけで、女御さま方には届いてないってことですか?」
典侍も今気づいたようにポンと手を打ち
「そうね!そういうことになるわね!
でも、なぜかしら?」
不思議そうな顔。
私も腕を組み、しばし『う~~~ん』と考え込んだけど、さっぱりわからないのであきらめ
「他に何かわかったら知らせてくださいっ!!」
と雷鳴壺に戻った。
椛更衣に
「他の更衣さま方も、同じ文を受け取ったそうですから、神経質になりすぎる必要は無いと思います。
きっと、『可憐なお方が怯える姿が見たい!』とか妙な嗜好の変質者の仕業ですわ!」
と明るい声で言うと、椛更衣も明るい表情で
「そうね!疫病になるとしても他の更衣方も一緒なら怖くないわっ!!」
う~~~ん。
それはそれで大事になりそう!
この不吉な文や『今すぐ君と桑畑で喜びを分かち合いたい』の文のことを、すぐにでも兄さまに相談したかったけど、泉丸に疑われないように、できるだけ疎遠にしなくちゃ!なので悩んだ。
しばらく悩んだ末、折衷案?で竹丸に相談することにした。
え?
相談にかこつけて左大臣邸を訪れて、偶然を装って兄さまに逢う作戦?
きゃーーーーっっ!!
それもアリっっ!!??
ってことでテンション最大で竹丸に『相談したいことがある』と書いた文を送った。
(その5へつづく)