EP455:伊予の物語「追憶の扶桑樹(ついおくのふそうじゅ)」 その3~伊予、呪いの儀式を覗き見る~
私はその場で浮遊してるように、色々な角度からその姿を見ることができた。
火と煙が濛々と立ちのぼる護摩壇に向かって手を合わせ、呪文のような何かを唱えて一心に祈っている、五十代ぐらいのやせ衰え萎びた男性。
烏帽子から乱れ落ちた後れ毛や鬢が真っ白で、目の下の隈やたるんだ頬、土色の肌は長年の艱難辛苦を物語っていた。
「・・・・ウウウ゛ッ!」
呻いたと思ったら、突然、ギョロッと目を見開いた。
血走った目と汗の滲んだ額は、常に耐えがたい苦痛に苛まれているかのように見えた。
歯を食いしばり、絞り出すような声で
「・・・おのれっ!おのれぇぇぇっ!ついに突き止めたぞっ!!
私の力を今こそ見せつけてやるっ!!
十年前の恨みを晴らしてやるっ!!
お前に地獄を見せてやるっ!お前を奈落の底へ突き落してやるっっ!!!私の味わった地獄をぉぉっ味わうがいいっっ!!!」
奥歯を噛み締め、ダラダラとヨダレをたらしながら呟く。
鬼気迫る様子にゾッ!と寒気がした。
誰かを恨んでるのね?
十年前に何があったの?
この夢の出来事はいつのことなの?
未来なの?
過去なの?
ハッ!
目を覚ますと、まだ真夜中で、格子と御簾越しに見える、薄雲に霞んだ月が辺りをボンヤリと照らしている。
最近、見る夢が予知夢じゃないことが多い。
実際に起きた?過去のことを夢に見るときは、体が空中に浮遊しながらその場面を見ている感じ。
予知夢は、未来に自分の目で見ることになる光景だと思う。
と考えると、今回のは実際に起きた過去のことかな?
『単なる夢』ってこともあり得るけど。
ハッキリ憶えてるのは、痩せた初老の男性が、誰かを強く恨んで、呪いの儀式をしてたってこと。
『ついに突き止めた』って、その誰かの居場所?
『地獄を見せる』って、十年前の復讐をするってこと?
うぅ~~~!!!
怖っっ!!
あんな風に恨まれたくないっっ!!
ブルッ!と身震いする。
早くもう一度眠りたいっ!!
ギュッと目をつぶるけど、一心不乱に誰かを呪う男の、憎しみに歪んだ表情と恨みで血走った目を思い出し、怖くなって眠れない。
かといって、目をあけると薄暗い夜の闇は、見えない魔物がこちらの隙をうかがっていそうで怖い。
身動きする衣擦れでも、桜の寝息でも、有馬さんのいびきでも、何でもいいから、近くの誰かの音が聞こえないかな?
聞き耳を立てても、こんなときに限って、遠くの他の場所で寝てるのか、近くで寝てるはずの誰の気配も感じない。
あぁ~~~怖すぎてまた朝まで不眠の途?
夜の闇を見つめれば、そこにこちらを睨む鬼の顔が浮かびそうなのでそれもできず、ギュッと目をつぶる。
目をつぶれば鬼がそばまで来て頸を絞めるかもっ!!って心配になって目を開ける。
そんな事を繰り返していると、
ギッ!・・パタンッ!
妻戸が開いて閉じる音がして、ゆっくりと床を踏みしめる微かな足音。
恐怖と緊張で身を硬くしてると、私の房の前で止まり、几帳の向こうからヒソヒソと
「・・・伊予どの?起きていますか?」
ひそめすぎて掠れたような影男さんの声がした。
ホッ!
緊張が解け、モゾモゾと体を起こして手早く単をはおり、髪を手で撫でつけて乱れを整えた。
「今出ていくわ!梅壺で話しましょっ!」
二人で廊下を渡って梅壺へ向かった。
梅壺の廊下には釣灯篭があるので、房よりは明るく、影男さんの表情も見える。
三白眼の黒目が大きく潤んだように漆黒に輝き、口元はキッと引き結んで、緊張した顔つき。
袖から覗く腕の、盛り上がった張りのある筋肉と、近づくと匂いたつ男らしい体臭と香の混ざった匂いは、相変わらず色っぽくてドキドキする。
暗闇で独りぼっちが怖すぎて、何も考えずに二人っきりで会う事になったけど、仕方ないよね?
影男さんが私をジッと見つめ、ためらいながらも
「私はもう、あなたに嫌われたんでしょうか?
左大臣と別れたと聞いたのに、房に入れてくれないとなると。」
ボソボソ呟く。
ドキッ!としつつ、そんなことない!と答えようと口を開きかけると
バキッ!!
梅壺の天井?の方から木が折れるような音がする。
ビックリしてその方向を見ても、真っ暗で何も見えない。
影男さんが無表情に
「そういえば、梅壺で幽霊を見たという噂を聞きました。
ちょうど今頃の丑三つ時だったそうです。」
は??えっ??!!!
背筋がゾクゾクして、怖さで体が震えだしそう!!
ビクビクして、辺りを見回しソワソワしてると
バキキキッッッ!
さっきより大きい音がして、怖すぎて思わず
「キャッッ!」
影男さんの胸に飛び込みギュッ!と水干の胸元を握りしめた。
すぐに両腕で体を抱きすくめられ耳元にかすれ声で
「大丈夫。鬼でも幽霊でも、悪霊が出てもあなたを守ります。」
グッ!
苦しいぐらい腕で体を締め付けられた。
「朝まで一緒にいましょうか?」
耳元に囁く息が温かくて、影男さんの体温と匂いにクラクラして、怖さの上に変な気持ちまで掻き立てられる。
ヤバッ!!
(その4へつづく)