EP454:伊予の物語「追憶の扶桑樹(ついおくのふそうじゅ)」 その2~伊予、新任の大舎人から謎の文を受け取る~
雷鳴壺の廊下に出てみると、庭に見知らぬ大舎人が立っていた。
文を受け取りながら
「ありがとう。新しい大舎人?これからよろしくお願いしますね~~!」
私ももうすっかり古参?なので、気軽に挨拶できちゃったりする。
二十歳前後のその大舎人は、背が高く、青白い肌に、整った顔立ちで、美男子といって差し支えない。
ニコリとも微笑まず不愛想に頷く姿に、出会ったころの影男さんを思い出す。
『泉丸を信用させるためにも、浄見は恋人を作って、周囲に見せつけてくれ。』
って兄さまは言ってたけど、影男さんと仲良くするのは嫌なのよね?
でも他に恋人になれそうなほど好きになれる人って、今のところ思いつかない。
ホントは一刻も早く、自由に兄さまと逢えるようになりたい。
今の望みはそれだけ!・・・・・なのに。
人前でボンヤリ抜け殻モードな自分に気づき、ハッと我に返る。
取り繕って微笑み、会釈して立ち去ろうとすると、その大舎人が慌てたように
「あっ!もう一枚、文があります。これは左大臣さまの文使いが雷鳴壺の女房へ渡してほしいとのことで預かったのですが、誰に渡せばいいのか分からなくて・・・・」
「あっ!!それならもちろん私よっっ!!」
ウキウキしながら上機嫌で手を伸ばすと、
ドンッ!
肩に誰かがぶつかり、横に押しのけられた。
「痛っっ!!」
ワザと私にぶつかり、大舎人の手からサッ!と文を奪ったのは有馬さんだった。
素早く文を開いて中身を確かめ
「あら~~~!ごめんなさいねぇ~~~!
てっきり私宛てだと思ったけど違ったみたい~~~!
ハイどうぞ。」
開いた文を私に手渡しサッサとどこかへ立ち去った。
その様子を見てた大舎人が初めてニコッと微笑み
「大丈夫ですか?私は蓬矢といいます。
左大臣さまの恋人というのは、あなたですね?
お名前は?」
有馬さんとの小競り合いという恥ずかしいところを見られて、バツが悪い思いをしつつ
「伊予です。ぶつかってきた彼女は有馬さん!」
蓬矢はさっきの無表情からは想像もつかない、親しみのこもった笑顔で
「伊予さん、どうぞよろしくっ!これからは、頻繁にここへ来ることになると思います!」
豹変ぶりに驚いたけど、とにかく兄さまからの文を早く見たくて、ソワソワしながら『こちらこそ!』と言い残してその場を立ち去った。
わーーーーいっっ!!
久しぶりの兄さまからの文っっ!!
今夜逢おう!!とか??!!
ドキドキするっっ!!
早く読もうっ!!
あっ!でもその前に、と思い直して、椛更衣が書を読んでいらっしゃる御座へ寄って父君からの文を届けた。
浮足立ってそそくさと自分の房に入り、文を開くと
『今すぐ君と桑畑で喜びを分かち合いたい』
って一行だけ書いてある。
はぁ??!!
何?何のこと?!意味が分からない。
桑畑??ってどこの?
喜びを分かち合う、ってどーゆー意味??!!
チンプンカンプンな内容に違和感を覚えたけど
『う~~~ん、今すぐ逢えるってわけじゃないのね?!
そっか・・・・残念だけど。
今度、竹丸にでも会えたらどういう意味か聞いてみようっ!!』
モヤモヤを抱え、凹みながらも、気持ちを切り替えることにした。
椛更衣が私を呼ぶ声が聞こえたので、「は~~い」と返事をしながら駆け付けると
「ねぇ、伊予、父上からの文に書いてあるのだけど、蓬矢という大舎人は父上の古くからの友人の息子なのですって!
知らないことは教えてあげるようにとおっしゃってるわ!
この文を持ってきた人なの?
どんな感じの人?イケメン?」
椛更衣は目を輝かせて興味津々のご様子。
私が
「背が高くて色白で、やせ型で、顔は美男子といえなくもないですけど、不愛想で暗そうで何を考えてるのか分からないって感じに見えました。」
思った通り答えると、椛更衣は目を細め、冷やかすような含み笑いで
「あ~~ら~~~!
伊予ったらっ!
一目見ただけで性格までわかるのっ!!
さすがっ!恋人探しに余念がないわねっ!!
で、蓬矢はお眼鏡にかなった?」
椛更衣には『兄さまに別の恋人ができたから、私も別の恋人を探してる』とだけ伝えてあるので、冷やかされても仕方がない。
それにしても、例え『フリ』だとしても恋人にするなら、少しでも気に入った人がいい。
蓬矢の身元は源昇様が保証してくれてるから安心ってこと?
でも・・・・
「う~~ん、蓬矢・・さんはちょっと。
一回会っただけではどんな人かも分からないですし。」
ま、無理して恋人を探さなくても、泉丸に疑われないぐらい、兄さまと疎遠になればいいんでしょ?
『本気で恋人探し!』なんてしなくてもいいって思ってる。
せめて夢の中で兄さまに逢いたいなぁ~~!
なんて思いながら、一日の仕事を終え眠りについたのに、その夜見たのは最悪な夢だった。
割と広いお屋敷の主殿のような場所で、狩衣姿の男性が護摩を焚いてブツブツと何かを唱えてる姿だった。
(その3へつづく)