EP453:伊予の物語「追憶の扶桑樹(ついおくのふそうじゅ)」 その1~伊予、神の扶桑樹の記憶を夢に見る~
【あらすじ:新入りの大舎人はどことなく見覚えのある、愁いをおびた細身の美男子。その大舎人が届けてくれた主の更衣様への文は、一見すると疫病の流行を予言する不吉な文のようだけど。追憶の中でみた桑の御神木と二人の男女の逢引きは、不吉な文とどう関係があるの?愛しい人に逢いたくても逢えない私は今日も懐かしい思い出にすがりつく!】
今回も一話ずつ毎日23:00~公開します!
全何話?かはまだ未定でございます!
よろしくお付き合いお願いいたしますっ!!
皐月が咲き乱れる庭に出ると、昼は強い日差しが眩しく、肌を刺すような暑さの反面、夜の空気に冷たさを残す五月のことだった。
春になり壁代を取り外した宮中の殿舎では、夜は格子を降ろしていても、御簾越しに赤い満月が見える。
房で横になり、物思いにふけるのに飽きると瞼が重くなった。
浅い眠りはすぐに幼いころの夢の中へと私を誘った。
山に囲まれた、見渡す限り一面に同じ種類の木々が並ぶ畑の端に、私は立っている。
そこには、天へ向かって大きく広げた手の指のように伸びる枝と、縁がギザギザで丸い大きな葉っぱをつけた、一本の木がある。
その立派に茂った木の周囲は、紙垂が釣り下がった『注連縄』で四角く囲われ、みだりに立ち入れないようにしてある。
その木に向かって幣を持って立つ、白小袖・白袴・冠を身につけた白装束姿の男性は祝詞を上げ、その後ろにはもう一人の白装束姿の男性、その隣には十歳ぐらいの白装束姿の少年の後ろ姿が見えた。
六歳の私の隣には、ピカピカの朱塗りの木でできた椅子に、きらびやかな黄土色の束帯姿で座る宇多帝の姿があった。
後ろ三方向は几帳で囲んであり、周囲から見えないようになっていた。
いつまで続くかも分からない退屈な儀式に飽きた私は、キョロキョロと周囲を見渡してた。
隣から低い、ボソッと呟くような父さまの声がして
「浄見、我が国はな、異国から『扶桑国』と呼ばれている。
あの扶桑の御神木があるからだ。
あの御神木には強い霊力があり、古より、この国を災いから守ってくださっている。
大事に祀らねばならん。
あの木に悪さでもしようものなら、祟りで肉体が損傷すると言われておる。
浄見も、くれぐれも粗相の無いように、心しておくようにな。」
真っ直ぐ前を見ながら、艶やかで低い、確信に満ちた声で諭す父さまの、精気に溢れた横顔を見つめ、ウンと頷いた。
祝詞を上げる声が続く中、神の扶桑樹をぼんやりと眺めた。
何の変哲もない桑の木なのに、霊力を持っているといわれてみると、畏れ多いような、見るだけで祟られるような、得体のしれない怖さに襲われ
ブルッ!
と背筋が寒くなった。
儀式が終わり、祝詞を上げていた神祇官や父さまの従者たちが、帰り支度で忙しくしてるそばで、ご神木の反対方向に広がる桑畑を眺めてると、
「君は誰?」
儀式で白装束姿の大人たちと並んでた十歳ぐらいの少年に話しかけられた。
衣から出た手足がヒョロっと細長く、青白い整った顔立ちの少年だった。
身近な人以外に、名を教えることを禁じられていた私は、隣に父さまがいないことに気づいて焦り、さらに見知らぬ人と会話することすら初めてだったのでパニクって戸惑い、俯きどうしようかと悩んだ挙句、
「・・・・女童よ。」
聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で答えるのがやっとだった。
その少年は残念そうに口をとがらせ
「な~~んだ!巫女かと思った!霊力がありそうなんだもん!」
巫女?
霊力?
目の前の桑の御神木のように、不思議な力が私に?
そんなこと考えたことも無かったので、ブンブンと首を横に振り
「ありえないっ!!」
もしそんな不思議な力があるなら、兄さまが毎日通ってくるようにする!とかできるハズでしょ?
『今すぐ来て欲しいっ!』って何度祈っても、その直後に来てくれた験は一度も無いっ!!
・・・・・・頭の中が『兄さまに逢いたいっっ!!』でいっぱいになったところで誰かに肩をゆすぶられて目が覚めた。
目を開くと横で桜が座り込み、覗きこみながら
「伊予っ!!もう起きてっ!とっくに日は昇ってるのよっ!!」
確かに周囲は明るく、日の出とともに起床して仕事するという宮中の常識からして、かなりの規則違反。
渋々起き上がって女房としての務めを果たすことにした。
『あの後、まだ何かあったんだよね~~~。思い出せないなぁ・・・何だったかしら?』
夢の余韻に浸ってボンヤリしつつ身支度を整えた。
「ふぁわぁぁ~~~~~ムニャムニャ」
寝ぼけまなこで、人目も気にせず欠伸を何度も繰り返しながら。
え?だらしないって?
『だってぇ~~~!!』
不満タラタラで心の中で愚痴る。
この頃めっきり兄さまにも会えないし!!逢う予定も立てられないっ!!
このままじゃこの世に生きてる楽しみってものが、ひとっつもっっ!!まるっきりっ!!ひとっかけらも!!無いんですものっ!!
夢も希望も無いっっっ!!!
『はぁ~~~~~~~』
ため息をつく。
あと何か月待てば、兄さまは泉丸と別れて、私に逢いに来てくれるの?
菅公の勢力を弱めるって具体的にどうするの?
そんなことできるの?ってゆーか、していいの?
好きな人に逢えない不満と無気力で、身嗜みや生活態度に緊張感を持てず、ダラダラと単を縫いながら、十何度目かの欠伸をすると
「椛更衣さまへ父君の勘解由長官さまから文が届いております。」
御簾越しの庭から、聞きなれない男性の声がした。
(その2へつづく)