EP451:伊予の物語「死出の田長(しでのほととぎす)」 その6~伊予、闇夜にホトトギスの声を聞く~
パチパチと拍手しながら泉丸が立ち上がり、舞台中央へ歩みでると、転んだ美女は何事も無かったかのように
スクッ!
と立ち上がり、他の舞姫たちと一緒に、そそくさと舞台を去った。
舞台中央で立ち止まった泉丸が拍手をやめ、よく透る低い声を響かせた。
「ありがとうございました。
これで全ての催馬楽舞の演目は終了いたしました。
最後の『公卿暗殺』の芝居は、単なる付け足しの余興でございます。
お楽しみになってくださった方々には、また新たな試みがありましたら、お声がけさせていただきます。
ご希望の方は我が『秘密集会座』にご入会いただけますと、このような催しを定期的にご案内差し上げます。
今なら特別に格安でご入会していただくことが可能です!」
観客は、はじめは疎らにザワザワし、ざわめきは徐々にパチパチと拍手に変わり、最後には会場全体が拍手に包まれた。
満場の拍手の中、泉丸は何度も頭を下げ、両手を上げて
「ありがとうございます!ご入会は侍所でご案内しますっ!ぜひ立ち寄ってお帰りくださいっ!」
ぽつぽつと観客が席を立ち、ガヤガヤした終幕後の雑然とした雰囲気になった。
催馬楽舞の会場となった屋敷から、内裏へ帰るときになって、兄さまが
「浄見、影男と二人で内裏へ戻ってくれ。私は泉丸と話がある。」
というので、気になったけどウンと頷き影男さんと牛車に乗って内裏へ送ってもらった。
二人きりになると影男さんが不機嫌そうに
「左大臣とよりを戻したんでしょう?
なのにまた別れたフリをしてるんですか?
今度は何を企んでるんですか?」
責めるけど、目を逸らしつつ、声には真剣味を持たせて
「ほんっっっとに別れたの!
傲慢な態度に耐えられなくなったし、幼いころから洗脳されたから好きだと信じてただけで、冷酷非道な無共感人間なんて一緒にいても楽しくない!って気づいたし。
こともあろうに泉丸と同衾してたしね!
寝盗られたのよっ!男性にっっ!!
女子としてこれ以上の悲惨な事ってないでしょ?
あれで目覚めて、兄さまはもう完全に男色家になったんじゃないかな?」
・・・・最後は言い過ぎた?
でも、言葉とは対称的にケロッとしてる私の態度に納得がいかない影男さんは、ジロッと睨み付けたあと、腕を組んで黙り込み、それ以上追求しなかった。
それにしても最後の『公卿暗殺』って何?
ただの余興って言ってたけど、何の意味があったの?
それについて兄さまは泉丸と話してるの?
一見どんくさそうな舞姫だったのに、最後、兄さまのお腹を刺す動作は素早くて、兄さまは避けきれなかった。
もし本物の刀子だったら、今頃死んでたかもしれない。
ゾッ!と冷や汗。
もし泉丸が本気で兄さまを殺そうと思えば、いつでもできるってこと?
兄さまは彼とどういう取引をするつもり?
無事、内裏の雷鳴壺まで帰りつき、その日の女房の仕事終えるとすっかり夜になってた。
大舎人が持ってきてくれた文には
『夜、梅壺(使われてない対)で話があるから、待っていてくれ 時平』
とあった。
梅壺へ渡って、衝立や几帳を動かして、四角く囲んで房を作って、その中で待ってた。
眠くなったのでちょっとだけ、と横になりウトウトしてると、
チッョチチチチッョ!!
どこからかホトトギスの鳴き声が聞こえた。
曇り空で星一つ見えない闇夜に、ホトトギスの声が響き渡る。
『死出の旅路』の案内人?
寝入りそうになると、夢を見た。
黒い靄のかかった、先の見えない、真っ暗な洞窟の入り口で、兄さまがこちらを見て、立ち止まってる。
「待ってっっ!行っちゃダメっっ!その先は黄泉の国よっ!!」
大声で引きとめようとするけど、聞こえないのか、兄さまはクルリと背を向けて歩き出してしまった。
洞窟の黒い靄に消え、兄さまの姿が見えなくなった。
チッョチチチチッョ!!
高く澄んだ鳴き声。
・・・・・・・・
「浄見、待ちくたびれて、寝てしまったの?」
硬くて低い囁き声に、ハッ!と目が覚めて、体を起こした。
兄さまがいつの間にか目の前に座ってた。
私はモゾモゾと身を起こして座り、肩からずり落ちてた単衣を引き上げて整える。
「あのあと、泉丸と何を話したの?
『公卿暗殺』は単なる余興だったってホント?」
兄さまは扇を手のひらにトントンと打ち付けながら、
「泉丸が、あの舞姫を間者として菅公(菅原道真)のもとに忍ばせないか?と提案してきた。」
「えっ??なぜ?何のために?」
「菅公を失脚させ、上皇勢力を朝廷から一掃するのを手伝うと言ってきた。
あの舞姫を菅公の元に送りこみ、側女として仕えさせ、決定的な弱みを探りださせると約束した。
彼女の手腕は催馬楽舞で見た通り、私を油断させ、暗殺すら可能だったということからも、実力は証明済みというわけだ。
ただし、条件は・・・」
泉丸の交換条件なんてすぐにピン!ときて、イラッ!としつつ、口をとがらせ、
「兄さまが恋人になること?」
ウンと頷き
「泉丸の恋人となって人生を共にすると誓えば、すぐに彼女を菅公のそばに送り込むと言った。」
ムッ!と不機嫌が最高潮になり、
「で、兄さまは承諾した?でしょ?
私にフラれたってあれだけ大声で泉丸に言い聞かせてたのは、そのためでしょ?
でも、うまく泉丸を騙せる?
私たちが別れたって信じてないみたいっ!!
まだ続いてるって気づかれたら、怒って上皇側につくかも!!
弱みを握られて、朝廷から追放されるのは兄さまの方かもっ!!」
言い放った自分の言葉に不安になり泣きそうになった。
兄さまが近づいてきて、ギュッ!と胸に抱きしめられた。
「大丈夫。そうなっても、流刑先に一緒についてきてくれるだろ?」
面白そうな口ぶりで囁くけど、流刑になると結局その道中で殺されるのが基本だって聞いてるけど??
ギュッ!
背中に回した腕を締め付けるようにしがみつき
「そこまで無理して道真さまを排除しなくてもいいんじゃない?
あの思慮深い泉丸が簡単に騙されるとは思えないっ!!
兄さまはどうやって信用させるの?何をするつもり?」
(その7へつづく)