EP448:伊予の物語「死出の田長(しでのほととぎす)」 その3~伊予、久しぶりに時平と話し合う~
私は驚いて、
「えっ??」
影男さんがニコッ!と微笑み、手を伸ばし、私の足を引き寄せようと腰を浮かせた。
焦って
「はぁっ??!!えぇっ??!!大丈夫っ!何ともないわっ!」
言い訳すると、影男さんが
「さっき新しい草履で擦り剝けたって言ってたでしょう?傷につける薬を持ってますから、塗ってあげます。」
チラッと兄さまの方に視線を走らせる。
そっか、兄さまに見せつければ、本心が分かるかな?
少しためらいつつも、正座してた足を崩して、影男さんの方へ伸ばすと、影男さんが私の足を持ち上げ、胡坐の腿に乗せた。
袂から、手のひらにすっぽり収まるほどの大きさの小瓶を取り出し、蓋のように詰め込んでた布を小瓶の口からスポッ!と抜いた。
片手で私の足の親指と人さし指の間を広げ、もう片方の手で小瓶をトントン揺すって、中身の粉を振りかけた。
影男さんの指が、私の足の指の間に薬を塗り広げるように動き、たまに足の裏にも微かに触れて、くすぐったい。
「ひゃっ!!」
思わず声を出し、足をピクっ!と動かすと、影男さんが悪戯を思いついた子供みたいに
「これはどうだっっ!!!」
足を片手でつかんで、もう片方の指先でコチョコチョくすぐる。
「ちょっっ!・・・・ダメッ!!くすぐったいっ!!・・・・やめてっってっ!!」
ジタバタして足を引っ込めようとするけど、なかなか放してくれず、ついには影男さんの肩を両手で押して、足を手元から引っこ抜いた。
視線を感じて兄さまの方を見ると、殺気立った表情で影男さんを睨み付けている。
顔色も蒼白で、こめかみに血管を浮かせ、口の端をピクピクと痙攣させて、怒りを我慢してるのが手に取るように分かる。
やりすぎたかなぁ~~~??!!
でも、嫉妬してくれてる?
私のことをまだ好き?
それとも軽蔑された?
ちょっと心配。
再び静寂が空間を満たした。
ギッ・・ギッ・・ギッ・・・・・・
一定のリズムの、車輪が軋む音と、牛の蹄が砂利を踏む音。
「泉丸、少し牛車を止めてくれ。外の空気を吸いたい。」
突然、兄さまの低い、硬い、押し殺したような声が車箱に響いた。
泉丸が牛飼童に止めてくれと頼むと、牛車が停まった。
「伊予に話がある。一緒に降りてくれ」
兄さまが言うので、私が先に後ろから降り、草履をはきながら、外で兄さまを待ってる。
次に、影男さんも降りようとすると横に並んだ兄さまが影男さんの肩を掴んで引き留め
「お前は、ここにいてくれ」
言ったあと、兄さまが中で草履を履いてからヒラリと飛び降りた。
牛車が停まった場所は、二条大路を右京三坊あたり?で南に曲がり、少し進んだところだった。
「少し歩こう」
兄さまがズンズンと北へ向って、先に歩き出したので、『いいのかな?引き返してるけど?』と牛車を気にしながらもついていった。
二人っきりで話せるのは何日ぶり?
かれこれ二週間?かな?
牛車から十歩(18.3m)ほど離れて兄さまが立ち止まり、振り向いた。
腕を組んでふぅ~~~っと息を吐いた。
ドクッ!
胸の高鳴りに、
『私、緊張してるっ!!』
って一度気づくと、もう抑えられない。
鼓動が速く打ちすぎて、上手く息が吸えない、吐けない!
兄さまは腕を組んで、俯いたまま、考え込んでるようだった。
私は兄さまの目の前で、向かい合って、自分の袖の、絞れるようになってる紐を摘まんで引っ張ったり、絞った袖の皺を伸ばしたりして、モジモジして手持ち無沙汰を紛らわしてた。
兄さまが、筆で引いたような、美しい、切れ長な目で、私をジッと見つめ、
「浄見、怒ってるのか?」
はぁ?
思いもかけない、突拍子もない言葉に、唖然として
「はい?どういう意味?怒ってるのは兄さまでしょ?
冷たい態度で、もう私を妻にしない、二度と会わない、近づかないでくれ、関係は終わりだって言ったのは兄さまでしょっ!
どうして私が怒ってると思うのっ??!!」
兄さまは驚いたようにパチパチと瞬きして
「浄見が文をよこさなかったから。
嘘を確かめるための文をよこさなかっただろ?
私の嘘に、本気で腹を立てたのかと思った。」
チラッと牛車の方向を気にしながら、声をひそめ
「泉丸の企みに乗ったふりをした。浄見もそうだろ?茶々の口車に乗り、私と別れると言ったんだろ?だからお互い承知の上だったはず!なのに・・・・」
兄さまが言い淀み、ギロっと怖い顔で目を光らせ
「目の前で影男とイチャつくから、我慢できなくなった。本気でヤツを殴りつけるところだった。」
ひぇ~~~~っっ!!!
ヤバっっ!!!
危なかったのねっ??!!
冷や汗っ!
同時に
ドキッ!
として、カッ!と顔が熱くなる。
恥ずかしいっっ!!
ちょっと、冷静になろうっ!!
熱くなった頬を冷やそうと両手を頬に当て
「いつも、あーゆーこと、してもらってるわけじゃないからっ!さっきはたまたま足が痛くなって・・・・」
兄さまが組んだ腕をほどき、
「こっちっ!」
私の手を取ってグイッ!引っ張りながら歩きだした。
(その4へつづく)