EP446:伊予の物語「死出の田長(しでのほととぎす)」 その1~伊予、再戦を決意する~
【あらすじ:親友になりたいと言ったくせに、時平様を寝取った疑いのある自称親友の言い訳を聞くためと、美女たちの歌舞を見るために再び誘いに乗ることにした。死ぬほど大変な田植えを急かすホトトギスの声に、死の予感が頭をよぎるけど、踏み出さなければ前に進めない!重大な決心をこともなげにする人たちの中で、私はひとり取り残され、人生の岐路に立ちすくむ。】
今回は試しに一話ずつ毎日16:00~公開します!
全何話?かはまだ未定でございます!
よろしくお付き合いお願いしますっ!!
枇杷屋敷で泉丸と添い寝する兄さまの姿を見て以来、数日が過ぎた。
『あれは何だったの?』
とか
『偶然一緒に寝てただけ?』
とか、聞きたくても決定的な答えを知るのが怖くて、文を出せずにいた。
泉丸が何度も私を誘拐したことや、応天門の二階から落として殺そうとしたことは、兄さまだって知ってるはず!
なのに、一緒に寝てたってことは、私にした悪事を許して、一緒に眠れるほど信頼してるってことでしょ?
その時点でもう、私にはムリだった。
兄さまが何を考えてるのか、何を信じればいいのか、分からなくなった。
影男さんが言った
『一緒に過ごした子供時代がなければ、左大臣を好きになっていたか?』
という問いにも、答えが出なかった。
洗脳?
されてたとしても、引き返せないくらい好きだった。ずっと。
でも今は?
『伊予を妻にしない。二度と近づかないでくれ』
って言われてから、二人きりで逢ってない。
逢いに来てもくれないし。
寂しくないの?
逢いたくないの?
私は逢いたい。
逢って、問いただして、そして・・・・
確かめたい。
まだ愛しているかを。
愛してくれているかを。
張りのある、薄い、しっとりとした、皮膚の下の、硬い、しなやかな筋肉。
白皙の、すべすべな肌、触れると、ザラっとする頬。
美しい線を描く、顎の形や、湿った、肉の薄い、潤う唇。
触れて、指先に、熱い、息遣いを感じたい。
吸って、唇に、滴るような、精気を感じたい。
想像するだけで、体は、正直に反応する。
淫らな歓びを与えてくれるから、好きなの?
官能の魔術に、囚われているの?
わからない。
どの道を選ぶべきか、何が正しいのか、自分がどうしたいのか。
ひとりで悶々と悩んでいると、大舎人が雷鳴壺に私宛ての文を持ってきてくれた。
開くと
『先日は枇杷屋敷に来てくれたそうだが、眠り込んでいたようで気づかず、失礼な事をして申し訳なかった。
今度こそ贈り物を渡したい。
明日の午後、時間をくれないか。
催馬楽に合わせて、美しい踊り子たちが舞を舞う催しを考えたんだ。
是非、伊予にも見て欲しい。
未の刻一つ(13時)に、朱雀門の前に網代車をつけて待っている。
泉丸』
はぁ??
枇杷屋敷で兄さまと一緒に寝てるところを見せたのって絶~~~~っっ対っっ!わざとでしょっっ??
私に『贈り物』っっ??!!
はぁっ??!!!ウソでしょっ??!!
はじめっからする気もないくせにっっ!!!
単だって、袿だって、薫物だって、全~~~~っっ部っっ!兄さまの気を引くためでしょっっ??!!
カッ!!となって怒り心頭で爆発しそうだったけど、『結局兄さまとどうなったの?』って聞きたかったし、まだ親友のフリを続けるつもりなら『いい根性してるわねっっ!!』って言ってやりたいっ!!
イラついてたから、その『催馬楽舞』に行くことにした。
行って、一緒に添い寝してた件を、問い詰めてやるっっ!!
『親友』である私の夫を寝取って、どう言い訳するのか見物ねっっ!!
焦って言い訳する顔をキッチリ拝ませてもらおうじゃないのっっ!!
腕まくりして鼻息を荒くする。
梢に、影男さんへの文を届けてもらって、護衛してもらえるかどうかを確認し、万全の態勢を整えて、翌日に備えた。
翌日は、曇り空でいつ雨が降り出してもおかしくないほどの湿気で髪の毛がジトジトした。
私は久しぶりに、水干、括り袴、束ね髪に草履の少年従者姿で出かけることして、内裏の出口の建礼門で影男さんと合流して、大内裏の出口の朱雀門へ向かった。
朱雀門へ向けて、朝堂院の白壁を右手に見ながら歩いていると、
「痛っっ!!」
さっきから少しずつ感じてた足の指の痛みが、耐えきれないくらいになった。
立ち止まって、しゃがみ込み、草履から足を抜いてみてみると、親指と人さし指の間が赤く擦り剝けている。
「イタタッ!新しい草履だから、鼻緒が狭すぎて、変なところを擦って擦り剝けたみたいっ!!」
影男さんが立ち止まり、心配そうな声で
「歩けますか?」
ウンと頷き
「大丈夫っ!!大丈夫っ!すぐ慣れると思うからっ!!行きましょっっ!」
また草履をはいて歩き出した。
ポツッポツッ・・・・!!!
冷たい水滴が頬に当たったと思ったら、次々と雨粒が落ちてきた。
「濡れちゃうっ!!走りましょっ!!」
影男さんが自分の水干の袖を広げて、私の頭の上で雨よけの傘にしてくれた。
「肘笠でいきましょう。」
「肘笠?っていうの?コレ!!へぇ~~~っっ!!」
感心して、グッと影男さんの胸に近づきすぎ、ぶつかった拍子に、
フワッ!
男らしい汗の混じった薫物の匂いが漂った。
ドキッ!
忘れそうになるけど、影男さんは逞しい立派な青年男子。
思わず顔を上げると、三白眼の黒目が輝き、ニコッといたずらっぽく微笑んだ。
ドキドキしたのを見破られてるっ??!!
ハラハラしながら、
「急ぎましょっ!びしょ濡れになるかもっ!!」
強くなる雨の中を慌てて走り出した。
(その2へつづく)