EP445:伊予の物語「絢爛の紅粉青蛾(けんらんのこうふんせいが)」 その5~伊予、自分の立場を客観的に思い知る~
私はムッ!として
「幼いころって別にっ!何もされなかったわっ!!いつも優しくしてくれただけっ!
それに、付き合いだしてからも私を本気で操ろうとはしてないしっ!!子ども扱いはされたけどっ!!
意思を尊重してくれるしっ!!
洗脳なんてされてないっ!!」
洗脳??!!
私の実兄を名乗る人からもそう言われたけど、違うっ!!
兄さまは私を洗脳なんてしてないっ!!
ムカムカと我慢できないぐらい心の底から怒りが湧いてきて、影男さんに
「もういいわっ!!ここでっ!!一人で帰るからっ!!じゃねっ!!」
吐き捨てると、私は内裏へ走りだした。
「もし、彼と過ごした子供時代がなければ、左大臣を好きになりましたかっ?!!!」
影男さんが鋭く問いかける声が背中にささった。
雷鳴壺へ帰りつくまで、影男さんの言ったことが頭から離れず、何度もグルグルと頭を廻った。
もし、大きくなって初めて時平さまと出会ってれば、彼に恋した?
性格や容姿は忠平様とそっくりだから、忠平様に恋したか?ってこと?
忠平様は何度も私を騙した信頼できない人。
そんな人に恋するわけない!!
だから・・・・でもっ!時平様は違うっ!!
認めたくない気持ちと、もしかしたら洗脳されてたかもしれない、という気持ちが、頭の中で交互にひしめき、どうすればいいのかわからなくなった。
数日後の夕方、雷鳴壺でくつろいでいると白い羽に黒い斑模様の蝶がヒラヒラと舞い込んだ。
梅壺の梅から飛んできた?
ウメエダシャク!もうそんな季節なのね!!早いものね~~~!!
感慨にふけってると大舎人が文を持ってきてくれた。
泉丸からの文で、開くと
『先日はありがとう。楽しかった。
気の合う友人がいるというのはこんなにも心地いいものだと実感した。
市で選んだ贈り物の準備ができた。
直接渡したいから、上皇侍従の枇杷屋敷へ来てくれ。
泉丸』
贈り物?
『いらない!』って言ったのに!!
でも、一つは受け取るって言ったし、枇杷屋敷?なら近いから行ってもいいかな。
椛更衣にお許しをもらい、梢を探してついて来てもらうことにした。
日は沈み、あたりはすっかり夕闇に包まれた。
枇杷屋敷に着き、侍所で雑色に訪問を告げると
「東の対の屋でお待ちです」
とのことで、梢には待っててもらってひとりで東の対の屋へ渡った。
東の対の屋の御簾の前まできて、御簾ごしに、
「泉丸?伊予です。入ってもいい?」
結構大声で話しかけたのに、返事がない。
目を凝らしてみると、御簾越しにうっすらと何かが見える。
衣?が脱ぎ捨ててあるみたいだから、中に人がいるのは確か。
「入るわよ~~~!失礼しまぁ~~~す!」
呼びかけながら、御簾を押して中に入った。
足元には袿、単が脱ぎ捨ててある。
数枚の単の色は白、薄紅、蘇芳・・・・?
市で選んだ反物を仕立てたのね?
私への贈り物?
にしては床に散らかってるなんて変じゃない?
それに、衣から漂う、この空間に満ちた香の匂い・・・・・
私の香?にそっくり!!
その他にも床には、私の扇、緋袴、腰紐、が落ちてる。
アレ?
別の衣も落ちてる!
これは、男性もの?の、狩衣、袴、単衣・・・・?
嫌な予感が頭をよぎった。
転々と続く、それらをたどると、塗籠に行き着いた。
少し開いた妻戸の隙間から中を覗いた。
灯台が薄暗く照らしている。
灯りの下で、小袖姿の二人が、寄り添って寝てる。
仰向けに横たわる人の伸ばした腕に、もう一人が頭を乗せ、胸に顔を埋めるようにし、腕を腰に巻き付け抱きついてる。
仰向けの方が兄さまで、抱きついてる方が泉丸であることに、見てすぐに気付いた。
ハッ!!
今までの泉丸の行動の意味を、突然、理解した。
私の持ち物や衣を身につけて、兄さまを騙した??!!!
まさかっ!!
私のフリをして、兄さまと・・・・同衾したっっ??!!!
でもっっ!!
遠くからでは気づかなくても、近づけば、触れれば、すぐに私じゃないって、気づいたはずっ!!
なのになぜ?
なぜ二人で寝てるの??!!
泉丸に裏切られたショックと、まさか、兄さまが男色に?!というショックで頭が真っ白になった。
なんて馬鹿なのっ!!私はっっ!!!
泉丸を、彼の言葉を、信じるなんてっ!!
『改心して、友人になりたい』なんて、あり得ないのにっ!!
「見かけ通りにいかないところは人も同じだな。」
兄さまの言葉を思い出した。
やっぱり、泉丸は変わってなかった!
その美しい容姿で、優雅な蝶のような、儚い可憐さで、私を欺いた!
彩り豊かな言葉で、同情を引き、私を騙した!
嫉妬深く、執念深く、嘘つきな本質を隠して。
そうよっ!!
あれだけ兄さまのことを好きで、恋焦がれてた泉丸が、私を簡単に許すはずないっっ!!
恨んで、憎んで、
成り代わろうとした!!!
私の衣、持ち物、匂い、全てを完全に真似てしまえば、兄さまが騙されると思ったの??
そして、それは、上手くいったってこと?
兄さまは泉丸とそうなってしまったの?
ううん!!!違うっ!!
兄さまもはじめは私と間違えたかもしれない。
でも結局は、泉丸の、典雅な美貌、優美な所作、蠱惑な媚態、明晰な頭脳、
そいういう彼の持つ、美質の全てに、惹かれたのかもしれない。
それに比べて、幼稚な嫉妬や独占欲を振りかざし、兄さまを非難する私なんて、
どうしようもなく煩わしくなったのかも!
『私を妻にしない』って決心してしまったの?
嘘でも『時平様と別れる』なんて言わなければよかった!
茶々の口車に、軽々しく乗ったことを後悔した。
一度吐き出した言葉はもとに戻せない。
これからどうすればいいのか、分からなくなった。
頭がぼぉっとして、何も考えられなくなった。
気づかれないよう、物音をたてないように、コッソリその場から離れた。
侍所で、待ってくれてた梢に
「大丈夫ですか?顔色が真っ青ですっ!!今にも倒れそう!」
って言われたけど、ウンと頷くことしかできなかった。
一刻も早く、この汚れた忌むべき場所から、立ち去りたかった。
足に力が入らない。
フラフラとよろめきながら、私は枇杷屋敷を去った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
『紅粉青蛾』の意味は『美人を形容した言葉。「紅粉」は口紅と白粉のこと。「青蛾」は眉を蛾の触角のように、細長く三日月の形で青い色で描くこと。』って書いてましたが、触覚が細い蛾(ヤガとか)より、触覚がフサフサの蛾(オオミズアオとか)の方が蛾全体は綺麗ですよね~~!