EP443:伊予の物語「絢爛の紅粉青蛾(けんらんのこうふんせいが)」 その3~伊予、気の置けない仲間たちと外出を楽しむ~
数日後、市までは遠いので、茶々の実家が出してくれた網代車を朱雀門の前につけて、その中で泉丸と影男さんが来るのを待ってた。
茶々はさっきから
「この前はほんっっとにっ!ごめんねっ!!」
を繰り返してる。
茶々曰く
「『漢文研究会に屋敷を提供する代わりに、伊予を連れてきて、時平への本音を引き出してくれ』って泉丸に頼まれたのね!
誓って左大臣様と泉丸が盗み聞きしてるとは知らなかったのっ!!」
らしい。
嘘だってすぐ見抜いて、兄さまは笑って許してくれるハズだったのに、十日近く音沙汰無しだとは私だって予想もしなかった。
って茶々に愚痴ると、また
「ほんっっとにっっ!!ごめんっ!二人の仲を壊してっ!!」
って謝られるけど、縁起でもないっ!!!
「冗談やめてよっ!!これぐらいのことで別れたりしないわっ!!妻になったばかりなのにっ!!
兄さまも誤解だってわかれば許してくれるし、そろそろ文を書いてみるしっ!!」
まだ書いてないのよねぇ~~~。
どう切り出せばいいのか分からなくて。
早く誤解だって伝えないと、余計こじれる?かな?
後簾の向こうから
「伊予どのと茶々どのはおられるか?」
影男さんの掠れた低い声。
茶々が
「はいどうぞ!お乗りになってっ!」
と後簾を巻き上げ、影男さんとその後ろから泉丸が乗り込んできた。
影男さんの高い体温のせいで、身動きするたびに香の混じった汗の匂いが車箱に漂い、そのあと、泉丸の独特の強い香りが混じった。
麝香?の粉っぽく甘い香り。
二人とも水干を袴に着込め、烏帽子を被ってる。
泉丸は頬に長い後れ毛をたらし、後ろは一つにまとめて、金と真珠の耳飾りが揺れる定番のスタイル。
私と茶々が並んで座り、私の前に向かい合って影男さん、茶々の前には泉丸が、膝が触れ合いそうな距離で座った。
狭い空間で四人!は人口密度が高い!
フツー男女は別の車にのるのが作法?
でも茶々は好きな人との距離は近ければ近い程良し!!らしいので、茶々の『ひと声』でこうなったの?
「東市までお願いねっ!」
茶々が牛飼童に告げると、牛車が動き出し、沈黙の緊張に耐えかねて、茶々が口火を切る。
「泉丸っ!お久しぶりねっ!左大臣様と伊予はまだ仲直りしてないらしいのっ!
あなたからも左大臣様に伊予は悪気は無かったって伝えてくださる?」
泉丸は茶々に無言でウンと頷いたあと、私に向かって、芙容の花が咲いたように艶やか微笑みかけ
「伊予!今日はありがとう。友達になることを承諾してくれて!!とても嬉しいよ!
今まで私は君に酷い事をしてきたから、もう二度と許してくれないと思ってた。
時平は一時的に怒ってるだけで、きっと君たちは上手くいくから!
私が悪かったと時平にも謝っておく!!」
うっとりと見とれる茶々を横目に、私は醒めた冷ややかな態度で、泉丸を見返し
「心配していただかなくて結構!自分で説得します!」
と冷たく告げると、再び沈黙が車箱を満たした。
ギッギッギッ・・・・
牛車のきしむ音だけが聞こえる。
泉丸が躊躇いながら
「ねぇ、伊予、お詫びに何か贈らせてくれ!
そうだな、扇や、香、袿や単衣、伊予の好きなものを市で選んでくれっ!!
私が買いそろえて雷鳴壺に届けるよっ!!」
茶々がテンションが上がったように両手を握りしめ
「キャッ!!伊予っ!!素敵っ!!いいじゃないっ!!受け取れば??羨ましいっっ!!」
素直に喜べない私は、疑わしげな上目遣いで泉丸を睨み
「いりませんっ!受け取る理由なんて無いものっ!」
間髪入れず
「今までの罪滅ぼしっ!と言っちゃなんだがっ是非、受け取って欲しいっ!これで私のしたことが消えるわけではないが、せめてもの償いだっ!!」
長い睫毛がバサバサ音を立てるかのような瞬きをし、泉丸が瞳を潤ませて懇願する。
澄んだ綺麗な瞳でジッと見つめられると、居心地が悪くなり、
フンッ!
とソッポを向きながら
「わかったわ!一つだけ受け取るからっ!!
でも、あなたの全てを許したわけじゃないからっ!!
それはこの先のあなたの行動を見て決めるからっ!!」
茶々は泉丸の過去の悪事を知らないから、ワケが分からないって感じでキョトンとしてた。
その後、東市へ到着すると、私たちは牛車から降り、色々な商品を見回ることになった。
気になったのは、行く先々の店で、泉丸が私にベッタリとくっついてきたこと。
薫物を売る店では
「伊予が好きな香はどれ?甘い安息香が強いコレ?それとも神聖な雰囲気がする薫陸が多いやつ?
今使ってる、この匂いは・・・大茴香が入ってるのか?
伊予の匂いの配合を教えて欲しいっ!同じものを贈るよっ!!」
とか私に鼻をくっつけて匂いを嗅ぎながら言うから、ビックリして焦って、思わず今、焚き染めてるの薫物の配合を教えた。
反物の店では、次々と反物を手に取り、瞳を輝かせて
「伊予に似合う色は・・・・あっ!薄紅が似合うからこの淡紅の反物はどう?
藤(白~淡紫)か撫子(白~薄紅~蘇芳)の襲の色目が合うイメージだなぁ!
えっ?そうなの?やっぱりっっ!!
小袿の文様は梅や桜がいい?どんなのを持ってる?教えてくれっ!!」
って、テンション高めで矢継ぎ早に聞いてくるので、圧倒されてついつい全てに答えた。
(その4へつづく)