EP442:伊予の物語「絢爛の紅粉青蛾(けんらんのこうふんせいが)」 その2~伊予、最大の敵を許す~
泉丸の文の続きは
『『女子との恋愛』は普通の男にとっては最高の歓びであり、娯楽であっても、私には一生かかっても理解できない謎だ。
私にはまったく理解できないことが、この世の中にあるんだと痛感した。
この先、女子を愛せない私は、妻や子を持つこともできず、誰にも求められず、居場所もできないだろう。
どうしようもなく不完全な自分が、この世に存在する意味は何だ?
『私なんて今すぐ消えてなくなってしまえ!』と何度思ったことか。
だから、君たちの絆が羨ましかった。
どうしようもなく。
君たちの強い愛情の一部を私にも分けてくれないか?
持つ者が持たざる者に分け与えるのが慈悲というものだろう?
伊予は慈悲深い善人だと、時平から聞いた。
時平のことは諦めるから、どうか、私と友達になってくれないか?
同じ男性を好きになった私たちなら、気の合う友人になれると思う。
泉丸』
最後まで読むと、女性を愛することができず、男友達から浮いてしまった昔の泉丸が少し可哀想になった。
独りぼっちは寂しいものね?
広い屋敷で独りぼっちで真っ暗な夜を過ごさなければならなかった私と、大勢の友人に囲まれながらも、楽しそうな会話に入れず疎外感を味わっていた泉丸の姿が重なり、同情と親近感が湧いた。
今までされた数々の酷いことへの恨みも忘れ、
『私でよければお友達になりましょう!』
って言いたくなった。
『ホントは悪い人じゃなかったのね?誘拐しても私を傷つけるつもりは無かったのね?』
って思った。
単純かもしれないけど、泉丸が私を本当に殺すつもりならとっくに死んでたと思うから、今までの誘拐や脅しは本気じゃなかったと思うことにした。
兄さまのこともあきらめるなら、恋敵じゃなくなるし!!
友人でも不都合はないっ!!
そうだ!今度、茶々と行こうと予定してた市へのお出かけに、泉丸も誘いましょうっ!!
茶々は今、泉丸に恋してるのよね?夢中なのよね?多分。
でも、同性愛者だと分かれば失恋確実だけど。
まぁ、傷は浅い方がいいから、バレるなら早い方がいいっ!!ってことで。
一応、念のため、身辺警護要因として影男さんに声をかけてみよっ!!ダメなら梢にきてもらって!
ルンルンっ!!
って上機嫌で、泉丸に返事を書いた。
茶々と影男さんにも文を届けてもらった。
影男さんからはすぐに返事が来て
『今夜逢いに行きます』
って書いてあった。
う~~~ん。
兄さまが来ないからって、他の男性を房に入れていいものかどうか・・・・。
夜、梅壺(使ってない殿舎)で悩みながら待ってると、清涼殿の方から影男さんが廊下を渡ってきた。
手を上げて居場所を知らせると、顔を上げ、私を見て、三白眼の目を細め、口元に笑みを浮かべた。
触れそうで触れられないくらいの距離まで近づいた影男さんに素早く話しかける。
「あっ!あの、もう、私の房には来てもらう事はできないの。」
影男さんは驚いたように眉を上げ、口元の微笑みはそのままで
「左大臣と結ばれたから?わかりました。」
静かにうなずいた。
「それより、泉丸と一緒に市へ出かけるってどういうことですか?」
私は泉丸の企みで、陰口を聞かれた兄さまに『伊予を妻にしない』と言われた顛末を話した。
「それ以来、兄さまには一週間ぐらい逢ってないの。
で、泉丸が、文で謝罪して、時平様をあきらめるから私と友達になりたいって言うので、それを承諾したの。」
影男さんは三白眼の黒目を大きくし、眉をひそめ
「あなたを二度も誘拐し、強姦して応天門の二階から落とし殺そうとした奴を許せるんですか?」
語気を荒げた。
う~~~ん。
文字にすると残忍な、なかなかの鬼畜の所業っ!!!
ちょっと冷や汗。
「でも、本気じゃなかったと思う。無傷だったし。
文に書いてあったの。同性愛者だから、若いころから男友達と話が合わなくて、独りぼっちで寂しい思いをしたって。
ハッキリ書いてたわけじゃないけど、朝廷での出世をあきらめたのもそのせいかも。
女子に興味を持てないから、結婚できないからって。
結婚って信用にかかわるでしょ?独身のままでは公卿になれないのかも。」
影男さんが怒りを滲ませた声で
「その話を信じたんですか?
チッ!あなたは純粋すぎるっ!!
まぁいいです。
今度の市への外出は私もお伴します。梢では心配ですから。」
嬉しくなり、つい笑顔で思わず
「うん!ありがとっ!!楽しみにしてるっ!!」
言ったあと、影男さんが手を伸ばして私の肩を掴もうとしたのを見て、後悔した。
サッ!
素早く後ろに下がり、触れられないようにすると、ピン!と変な緊張が走った。
上ずった声で
「じゃっ!もう戻るねっ!おやすみなさいっ!」
そのまま背を向けて、足早に梅壺を立ち去った。
気まずい空気を残したままで。
(その3へつづく)