EP441:伊予の物語「絢爛の紅粉青蛾(けんらんのこうふんせいが)」 その1~伊予、六歳の頃を思い出す~
【あらすじ:友人の口車に乗って『時平様と別れる!』と心にもない嘘をついたばっかりに、『伊予を妻にしない』と言われ、逢瀬が途絶えて、もう一週間っ!!!恋敵であり、私を憎んでた高貴な麗人からの、謝罪と『親しくなりたい!』とのお願いの文に、ついつい同情して気を許してしまった。時平様の真意も見抜けないまま、やけに親密に接してくる元敵と、理解不能な時平様の行動に、私は今日も翻弄される!!!】
今は、900年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見にとって『兄さま』こと左大臣・藤原時平様は、詳しく話せば長くなるけど、幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十七歳になった今の二人の関係は、一言で言えば『紆余曲折』の真っ最中。
原因は私の未熟さだったり、時平さまの独善的な態度だったり、宇多上皇という最大の障壁の存在だったり。
結婚だけが終着点じゃないって重々承知してるけど、今のままじゃ辿り着けるかどうかも危うい。
私がまだ幼く宇多上皇の屋敷で育てられてた頃、ちょうど今ぐらいの季節、庭の梅の木の下で、大きく成長して膨らんだ梅の実を見てた。
どこからか、ヒラヒラと蝶が飛んできたのに気づいて嬉しくなって思わず
「あっ!キレイな蝶々っ!」
白い羽に黒い斑模様があり、お腹が橙色と黒の縞々のキレイな蝶だった。
六歳の私が指さすと、そばにいた兄さまが
「見た目は可憐な蝶そのものだが、あれは立派な『蛾』だよ。
シャクガの仲間でウメエダシャクという。
見かけ通りにいかないところは人も同じだな。」
私はワケが分からず、キョトンとしてたと思う。
その頃の私は、広いお屋敷に、昼間は遊びに来てくれた兄さまや乳母やがずっとそばにいてくれるけど、夜は兄さまはもちろん、乳母やまでが自宅に帰ってしまうから、ひとりで寝なければならなかった。
夜中に目が覚めたりすると、もう最悪っ!!
周りに誰もいないことに気づいて、
『魔物に襲われたらどうしよう!』
とか
『幽霊に首を絞められたら?!!』
とか考え出すと怖くて寂しくて、胸が苦しくてたまらなかった。
『誰かそばにいて欲しいっ!!』
って何度も思った。
夜が明けて乳母やが来てくれるまで眠れなかったことなんて、数えきれないくらい!
十五になって、上皇の屋敷を飛び出して、椛更衣の実家にお世話になってた頃、親しい誰かと同じ対の屋で夜を過ごす経験を初めてできて、新鮮で楽しかった。
今でも雷鳴壺で几帳越しに、桜の寝言や、有馬さんの寝息?いびき?が聞こえると、ホッと安心する。
親しい誰かが近くにいる!って思うと、安心して、こんなにもぐっすり眠れるんだ!って驚いた。
兄さまと結婚すれば、この先、ずっと一緒にいてくれて、安心して眠れるハズだった、のに。
泉丸にそそのかされた茶々の口車に乗ったふりをして
「時平様と別れることにする!」
って口走ったところを、兄さまに聞かれて、
「伊予の望み通り、妻にするのはやめにする。」
って言われた。
はじめは、大丈夫っ大丈夫っっっ!!
兄さまも話を合わせただけ?で、すぐに私に逢いに来てくれて、そのときは
「引っかかったフリをして、泉丸を油断させる作戦だった」
って感じで笑い話になるハズ!!って思ってたけど、あれ以来一週間、音沙汰がない。
そろそろ文でも出してみようかな?
まさか・・・・!
ホントにホント、私の言ったことを信じたりしないよね?
あり得ないよね?
今までさんざん兄さまにしつこく付きまとった私が、茶々にそそのかされたぐらいで『別れる』とか簡単に口走るワケ無いのにっ!!!
え?まぁ、口走ったけどっっ!!
でもっ、たとえ口に出したとしても、それを真に受けるっっ??!!
『親友に話を合わせて口がすべった』って思うのがフツーでしょ??!!
しかも、盗み聞きされてるなんて思わないしっ!!
兄さまが怒る筋合いは一切ないっ!!
・・・と開き直ったところで、許してくれないなら、どーーーしよーーーーっっ!!!
『あれは泉丸の企みよ!!』
と兄さまに文を書こうと思ったそのとき、大舎人が泉丸からの文を届けてくれた。
雷鳴壺の自分の房で文を開くと
『伊予、その節はどうも、申し訳ないことをしたね。
二人を喜ばせようと思って、時平と伊予の両方に内緒で、突然の、思いがけない逢瀬を用意したつもりが、予想外の結果になってしまった!』
はぁ??!!
何言ってんのっっ??!!
絶~~~っっ対っっ!仕組んだんでしょっ!!
とぼけるのもいい加減にしろっっつーーーのっっ!!
青筋を立てながら続きを読む。
『時平は伊予を妻にしないと言ってるが、本心は違うと思う。
君たちが長い間お互いのことを想いあっていたのは知ってるからね。
私が今まで必死にそれを邪魔したのには、理由がある。
君たちが羨ましかった。
知ってると思うが、私は同性愛者だ。
過去の恋愛対象は全て男性だった。
まだ、若く、周囲の兄弟や友人がことごとく女の色香に目覚め、女子との色恋話に盛り上がるような年頃に、私は会話についていけず、いつも楽しそうな話の輪から距離をとらざるを得なかった。
男友達が私を女色の道に目覚めさせようと、女子との初夜の興奮そのままに、事細かに房事の様子を解説してくれたときだって、『何がそんなに興奮するのか』と私には全く理解できなかった。
有能な公達の条件として、政や学問のみならず、色事にも長じることは必須だったから、女色の道を早々に放棄するわけにはいかなかった。
男友達に侮られないためにも、好色家でなければならなかった。
しかし私にできたことといえば、白痴みたいな薄ら笑いを浮かべ、いいかんげんな相槌を打つことだった。
その男友達は女子の話を二度と私にはしなくなった。
きっと、女子の良さを一分(3mm)も理解してない私が、間抜けなところで打つ相槌で、『女子に興味がない』という本性を悟ったんだろう。』
(その2へつづく)