EP439:伊予の物語「春雷の馬芹(しゅんらいのうまぜり)」 その3~伊予、雑草から人生の極意を学ぶ~
私は臺与に
「あのっ、いきなり立ち入ったことを聞くけど、あなたの恋人が時平様を脅してるんですって?
従者の竹丸を襲ったんでしょ?
時平様に賠償金と慰謝料を請求してるって聞いたわ!
やってることが理不尽だし、ムチャクチャじゃないっ!!
なぜ、そんな人と付き合ってるの?
時平様に恨みがあって仕返ししたいとかの企みがあるの?」
ずっと気になってたことを口早にぶつける。
臺与は呆れたようにハァ~~~っとため息をつき、ツン!とソッポを向いて
「別にっ!!ただ与四郎さんを好きなだけ!何の意図もないわっ!!
彼だけは私を本気で愛してくれるの。
敵を操るための道具にしたり、性欲のはけ口に利用したり、私の体だけが目当ての男たちと違って、彼だけは私のことを本気で心配してくれて、気遣ってくれてるのよっ!!
時平様への不満を愚痴ったら、『不当に利用されて搾取されてる』って怒ってくれて、屋敷に乗り込んでくれたのよっ!」
まぁね~~~。
兄さまが臺与の間者活動の見返りをどれだけ支払っていたかは知らないけど、『愛情』で支払うなんて正当な取引じゃないし、臺与の立場になれば、どれだけもらっても足りるわけないし、恨まれても当然!!
でも・・・・
「その、今の恋人?与四郎さんが臺与から搾取しないとは限らないんじゃない?
現に兄さまから理不尽に銭をむしり取ろうとしてるんでしょ?
あんまり『いいひと』じゃなさそう!!
愛情が覚めたら臺与だって危害を受けるかもっ!!」
臺与がキッ!とタレ目を吊り上げて、私を睨み付け
「彼が盗賊だから悪党だって言いたいのっっ!!!
そうよっ!確かに悪人だけど、私にはお似合いよっ!!
あんたみたいな育ちのいいお姫様と違って、私は十歳から自力で銭を稼いで生きてきたんだからっ!!
いっ、卑しいっ!体を売るような真似をしてっ!
・・・・こんなっ!こんな女子にはっ!あんな男しか寄ってこないのよっ!!
本気で愛してくれるのは、あんなクズ男だけよっ!!」
悔しそうに吐き捨てる臺与のキンキン声が、最後は涙声になってた。
目も潤んでるように見える。
自分のしてきたことに後悔は無く、いつも堂々と胸を張ってるように見えて、心の中では拭いされない劣等感を、ずっと抱えてたんだと思うと、気の毒で、いたたまれなくなった。
「ごめんなさい。そうね、悪い人って決めつけるのはよくないわよね。
でも、時平様を襲う計画は止めた方がいいんじゃない?」
臺与がフンッ!とバカにしたように鼻で笑い
「もう手遅れよっ!
与四郎さんはもう検非違使に捕まったのよっ!
さっき右獄に面会に行ってきた帰り!
今朝、左大臣が一人だと思って襲い掛かったら、検非違使たちが出てきて捕まったって。
罠だったのよっ!バカみたいに引っかかってっ!!」
そうなの??
兄さまの安全が確保されて、とりあえずホッとした。
そして、検非違使に捕まるような人でも、臺与は愛し続けてるんだって、温かい気持ちになった。
臺与と別れ、再び茶々と二人で歩き出した。
排水溝の壁に、さっきも見た五つの黄色い花弁を風に靡かせ、しっかりとしがみつくように生えている花の姿が目に入った。
指さして茶々に
「あれは何ていう花?」
「タガラシね、ウマゼリとも呼ばれるらしいけど」
可憐な黄色い花。
昨夜の大雨と増水した川の激流に耐えたのね?!
揺さぶられ、流されるように見えても、激流が過ぎてしまえば、真っ直ぐ上を向いて咲き誇る。
その姿に憧憬を覚えた。
流されたってかまわないんだっ!て思った。
私も、臺与も。
一時のことだものっ!!
執着、愛情、嫉妬、憎悪、恨み、悲しみ、淫欲・・・
どんな激情でも、過ぎてしまえば、また、姿勢を正し、上を向くことができる。
強い気持ちを取り戻せる。
私たちは大丈夫っ!!
流されてダメになったりしないっ!!
振り返って、小さくなった臺与の背中に誓った。
さらに少し歩いて、右京にある、茶々の『友人の屋敷』に到着したとき、どこかで見た覚えがあるような気がしたけど、思い出せなかった。
この付近には私が十五歳まで育った屋敷があるのは確かだけど、上皇は今そこには住んでなくて、忠平様の正室の順子様が暮らしてる。
『まいっか!気にしなくて!』
屋敷に入って、東の対の屋を借りてたようなので、そこで待ってた藤原元佐さんと合流した。
挨拶を交わし、さっそく予習してきた杜甫の『春望』という漢詩をみんなで読んで、解釈を話し合った。
元佐さんは興奮しきって楽しくてたまらない!って様子でまくしたてる。
「律詩の約束事として頷聯(三・四句)と頚聯(五・六句)がそれぞれ対句となっているのは当然として、この作品は首聯(一・二句)も対句になっているのが特徴的なんです!!」
とか
「しかも第一句が逆説(国は破れた、しかし…)、第二句が順接というねじれた構造になっており、対句の効果を高めていて・・・」
とか
「自然に秩序があるように社会にも秩序がなければならない、という自然と人間の融和は杜甫の生涯を貫くテーマであり、泰然とした自然と浅ましく乱れた社会という齟齬を目の当たりにした慨嘆が首聯で端的に示されています!」(作者注:『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用です。)
とか、韻がどうとか平仄がどうとか細々説明してくれたけど、イマイチ頭に入らなかった。
最後に三人で声を合わせて、読み方の怪しい唐語で白文を読誦すると、元佐さん曰く
「声調の遷移による音楽のような、心地よいリズムと情感を味わえました~~~!!」
とご満悦だった。
元佐さんが勉強のためとサッサと大学寮へ戻ったあと、私と茶々は白湯と菓子を楽しみながら、まったりくつろいで過ごす。
茶々に
「この立派なお屋敷を貸してくれた人って誰なの?裕福な女房の使ってない実家?使用人以外は誰もいないみたいだけど?」
聞くと、茶々は誤魔化すように手をヒラヒラさせ
「まぁ、いいじゃないっ!
ねぇ、私も伊予に聞きたいことがあるんだけどぉ~~!」
探るようにジッと見つめる。
ん?
不思議に思って
「何?何が聞きたいの?」
(その4へつづく)