EP438:伊予の物語「春雷の馬芹(しゅんらいのうまぜり)」 その2~伊予、最大の敵と再会する~
泉丸は浅緋色の宿装束に冠姿で、いつもは後ろで一つに束ねている髪を今日は結い上げていて、白いうなじが艶めいている。
頬にかかる後れ毛や金と真珠の連珠の耳飾りがなくても、まぶたを縁取る長い睫毛がバサバサと音を立てて瞬きする感じだとか、キラめく光を宿す瞳だとか、口角の上がった形のいい唇だとか、やっぱり美形で見とれそうになる。
だけど、最大の敵っ!!
なのでギロっ!と睨みつけ、強気な態度で
「宮中でお会いするのは初めてですわね?今日は妹君の承香殿の女御(源和子)様にお会いになるためにいらしたんですか?」
「まぁね。」
泉丸は何でもないという風に肩をすくめた。
白いすべすべした肌の、形のいい頬に、不敵な笑みを浮かべ、キラッ!と目を光らせ
「竹丸が負傷したのを知ってる?」
「えぇっっ!!ホント!重傷なのっっ??!!」
ビックリしすぎて大声かつタメ口に戻る。
「堀河邸で、暴漢に襲われたらしい。突き飛ばされて柱に頭をぶつけて傷ができたとか。大したことはなさそうだが。」
兄さまにも竹丸にも警戒されてて、疎遠なハズなのに詳しいことを知ってるのに疑問をもち
「ふぅ~~~ん。誰に聞いたの?」
「さあね。
そんなことより、その暴漢だが、実は左大臣を襲おうとしたらしいんだ。
竹丸が侍所で応対し、追い払おうとして逆にやられてしまった。
暴漢はなぜ左大臣を襲おうとしたと思う?」
長い睫毛からキラめく瞳をのぞかせ、ジッと見つめる。
兄さまが人から恨まれるなんて、さほど珍しくないのでは?
あっ!
つい本音が出ちゃった!
「う~~ん、位の高い人って、何かと恨みを買いやすいから?」
泉丸は深刻な表情で首を横に振り
「その暴漢は、臺与という宮中の女房の情夫で、恋敵の時平が臺与を虐待し搾取してると思い込んで、時平を憎んで臺与のために賠償と慰謝料を要求したそうだ。」
呟いたあと、黙り込んで私の反応をうかがっている。
臺与が別の恋人に、兄さまのことを愚痴ったって不思議じゃないので、平然と
「そうなんだ~~。」
泉丸は神妙な顔つきで打ち明け話をするみたいに
「実は、その暴漢は、私の『比翼連理』で臺与に仲介した男なんだよ。
寺で警備の雑色をしてると聞いてたのに、本当の稼業は盗賊だったんだ!
質の悪い男を紹介して申し訳ないと思ってる。
ああいう悪党は誰にでも、理不尽な言いがかりをつけるからね。
左大臣という権力にも屈しないようだ!」
眉を上げ、大げさに心配してる素振りを見せるけど、警戒してる私は平然とした表情を崩さず
「そうね。左大臣様も以後、厳重に警戒するでしょうね。
・・・・で話はそれだけ?
なら帰っていただける?」
睨みつけながら言い放つと、気まずくなったのか泉丸が口の端で笑い、冷やかすように
「浄見もせいぜい気を付けるといいよっ!
熱愛中の恋人同士なんだろ?
暴漢に狙われてもおかしくないぞ!
まぁ、お前たちのように固い絆で結ばれているなら、どんなことがあっても平気か!」
瞬間的にカッ!と頭に血がのぼり
「何をいけしゃあしゃあとっ!!
あんたこそっ!!私を何度も誘拐しておいてっ!!よく言うわよっ!!
早く帰ってっ!!」
「ハハハッ!!なるほど。
もっともだっ!!
じゃ、帰るとするかっ!!」
弾けるように声を上げて笑い、膝を打ってスクッ!と立ち上がり帰っていった。
泉丸がいなくなり、ホッと一息つくと、さっきまで平気だったのに、急に不安が押し寄せてきた。
普段は随身がピタッとくっついて守ってるし、お忍びだって身辺警護の従者は連れてるハズ!!
だけど、盗賊?だなんて、理屈が通用しないでしょ??!!
説得とかできないし、腕力だけが頼りだなんてっ!!
言いなりになって慰謝料を払うの?
それとも力ずくで屈服させるの?
いっそ検非違使に頼る??!!
大丈夫なの?!
兄さまっっ!!!
臺与も臺与よね~~~。
盗賊??!!なんて!
なぜ、わざわざ質の悪い男性と付き合うの?
財力?
男気?
腕っぷし?
悪の魅力?
どこが良かったの?
それとも兄さまが臺与だけを大切にしないことに対する腹いせ?
腕力の強い男をけしかけて兄さまを襲わせたの?
ん?
でも、そんなことをすれば、『めんどうな女!』って思われて、ますます気持ちが離れちゃうでしょ?
策略だとしたら、失敗してるけど?
いいの?
う~~~ん。
悩んでも埒が明かないので、直接、臺与に聞く事にした。
数日後、藤原元佐さん主催の『漢文研究会』が茶々の友人が紹介してくれたという屋敷で行われることになった。
内裏から近いとの事で、私と茶々は二人で歩いていくことになり、影男さんは忙しくて欠席だった。
昨日の夜中に降った激しい雨のせいで、路はぬかるんでたけど、水たまりを避けながら茶々と二人で中御門大路を西へ向かって歩く。
幅広めの排水溝の、泥が溜まった部分には芹のような葉の植物が黄色い花をつけてた。
へぇ~~~!雨で増水したのに、流されず平気だったのね?
ちょっと感心。
二人とも市女笠に壺装束姿でおしゃべりしながら楽しい道中。
右京二坊を過ぎたあたりで、同じような市女笠・壺装束姿の女性とすれ違いそうになり、笠の中に、大きいタレ目を見つけ、目が合うと思わず
「あっ!!」
と声が出た。
臺与に聞きたいことがあったので、慌てて
「ねぇ!待って!ちょっと話していい??」
引き留める。
臺与はその場で立ち止まり、腕を組んで不機嫌そうに
「何っ??早くしてくれる?」
(その3へつづく)