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少女・浄見(しょうじょ・きよみ)  作者: RiePnyoNaro
浄見の物語(恋愛・ミステリー)
434/464

EP434:伊予の物語「呪禁の獣皮(じゅごんのじゅうひ)」 その4~小箱の中身の正体が判明する~

その紙は貴族が使うような高級な料紙(りょうし)ではなく、薄墨紙(うすずみがみ)(一度使用した古紙を漉き返して再利用する薄い黒色の紙)?のように見えた。

それを摘まみだして広げると、文字が書いてあった。

それは


『日忙事牽身,


歸路月沈沈。


夢裡曾相見,


心中未解貧。


盼歸抱稚子,


憂寂夜難臥。


願饒餐飯飽,


笑語滿堂和。』


だった。


広げた紙を横から覗き込み、元佐(もとすけ)さんが


「う~~~ん。五言(ごごん)律詩(りっし)(ふう)ですけど、偶数句目の最後の(いん)を踏んでませんし、対句にもなってませんね。」


「でも、漢詩よね?だって、意味は・・・」


私が言いかけると、エヘン!と胸を張った元佐(もとすけ)さんが


「私が解釈します!こうですね!


『日々、忙事に身を()かれ、

歸路(きろ)に月は沈沈(ちんちん)たり。

夢裡(むり)(かつ)(あい)(まみ)ゆれど、

心中(しんちゅう)に未だ貧を解せず。

(かえ)るを(のぞ)みて稚子(ちし)を抱かんと欲す、

憂寂(ゆうじゃく)にして()()(かた)し。

願わくは餐飯(さんぱん)(ゆたか)にして飽かし、

笑語(しょうご)滿堂(まんどう)()さん。』


意味は


『仕事に追われて日々が過ぎる、

帰る道には月も沈む。

夢の中で会うことはあるが、

心の中の貧しさは解けない。

帰りを待って幼い子を抱きしめたい、

寂しさに夜も安らかに眠れぬ。

願わくは、たっぷり食べさせてお腹を満たし、

笑い声が満ちた家で共に過ごしたい。』


でしょ?」


私もウンと頷き


「そうね!ということは、この獣の皮のようなものはきっと・・・アレよ!!!

わかった?」


ご機嫌になってニヤニヤしながら見つめると、元佐(もとすけ)さんはキョトンとし、


「何ですか?子を思う漢詩ってことは分かりましたが、呪禁(じゅごん)博士の沙宅(さたく)万首(ばんしゅ)氏が詠んだ漢詩ですか?

それにしては紙が新しいですよ!二百年以上前のものには見えません!」


ピンときてないのが楽しくなって


「う~~んじゃあね、手掛かり(ヒント)をあげる!

ある意味、生薬と言っていいわね!」


元佐(もとすけ)さんが苛立ったように、ぷっくりした頬を膨らませ、口をとがらせ


「何ですか!勿体(もったい)付けないでくださいっ!生薬ってことは獣の皮ですか?」


「それと、あと、『子を思う漢詩』も手掛かりね!」


「子・・・・子種・・・あっ!やっぱりマラの皮だっ!そうでしょ?!」


元佐(もとすけ)さんが目を丸くしたあと、冷やかすように満面に笑みをたたえて唾を飛ばす。


私は何とも言えない、恥ずかしいような、気味が悪いような、複雑なうすら笑いにならざるを得なくなり、


ムゥッ!


とわざとしかめ面を作って睨み付けた。


「そんなものを見て我が子のことを考える?

その学生は、きっと生まれたばかりの子供を国に残して、地方から上京して、大学寮に入ったのよ!

試験に合格して京で官吏になって収入が安定したら、妻子を呼び寄せるつもりだとか、国司として赴任するつもりだとか、とにかくっ!!

それは、赤子の


『へその緒』


よっ!きっと!」


元佐(もとすけ)さんが納得したようにポン!と手をうち


「へぇ~~~!なるほどっ!

確かに『紫河車(シカシャ)』という生薬がありますね!あれは胎盤ですから、へその緒もその一部ですものね~~~!

で、生薬として使うためじゃなく、これを見て妻と子供を思い出すために持ってきたんですか!

そっかぁ~~~!そうですよねぇ~~~寂しいですよね~~!

恋しい人たちと遠く離れて一人で暮らすって。」


子と母をつなぐ『へその緒』。


もし、兄さまと私の間に、子ができたら、その学生のように、遠く離れていても、私たち母子のことを、いつも思ってくれる?


それとも、利用する時は利用して、愛情が薄れたら、あとは、放りだしてしまう?


時平様が、そんな冷たい人だとは、思いたくない!!


結局、元佐(もとすけ)さんは、その大事な物を持ち主が取りに来るかもしれないと考えて、大学寮の総務部に預けることにした。


持ち主は、去年までその(へや)を使ってた学生で、官吏登用試験に合格した官人かもしれない。

それなら大内裏に出勤してるだろうし、焦って今頃探し回ってるかも!


もし落第して国に帰ったなら、それはそれで妻子と再会できてよかった??!!


建礼(けんれい)門まで送ってくれた元佐(もとすけ)さんが別れるとき、顔を真っ赤にしながら


「い、伊予さんっ!和歌は不得意なので、ま、また、今度、漢詩を贈りますっ!

だから、文を、交わしてもらえますかっ??!!

そ、その、結婚を前提として、その前段階の、こ、交際の一部としてっ!!」


意を決したように大声を出すので、建礼(けんれい)門の衛士にジロジロ見られて恥ずかしい。

断ろうと両手を横に振り


「あ、あのっ!結婚を前提としては無理です!

お友達としてなら喜んで文を交わしましょう!

漢詩を作ってっ!私も頑張って挑戦するからっ!!お互いに添削?しましょ!」


『もう左大臣の妻ですから』


って言葉が浮かんだけど、何だか(むな)しくなって、口から出なかった。


無意識に(へこ)んだ私の表情を見たのか、元佐(もとすけ)さんが元気づけようと


「女房の仕事が(つら)いんですか?

じゃあ、気分転換になるし、漢文研究会を再開しましょうか?

長い間サボってました、私も勉強が忙しかったものですから!」


「ん?ありがとう!でも、茶々も只野さんと別れたみたいだし、あの参加者(メンバー)は気まずいでしょ?」

(その5へつづく)


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