EP433:伊予の物語「呪禁の獣皮(じゅごんのじゅうひ)」 その3~小箱の文字の意味を教わる~
私が
「鱗がないから蛇の抜け殻じゃないわ!でも、獣の皮みたいね?何かの生薬かしら?」
言ったあと、あっ!!そうだっ!!と思いついて弾んだ声で
「典薬寮で聞いてみましょっ!!生薬の種類が分かれば、誰が持ち主か何かわかるかも!」
元佐さんもウンと頷き
「持ち主は大学寮を卒業して、大内裏でどこかの官庁の官吏になってるかもしれませんしね!
でも医学を学ぶ医学生は典薬寮に寄宿してますから、それは無いはずですが。
自分用の生薬を持ち込んだ学生ですかね?」
そうなの?
(*作者注:大学寮内の寄宿舎で文章生は文章院、明経生は明経道院、算生は算道院、明法生は明法道院で暮らしていた。『ウィキペディア(Wikipedia)大学寮』より)
早速二人で、大内裏の西の真ん中あたり、豊楽院の路を挟んだすぐ西にある典薬寮へ向かった。
朱雀門を通って兵部省、弾正台を経て、豊楽院の白壁を右手に見つつ、長い道を北へ向かって歩く。
「でも誰かを呪うなら、これは呪いたい人の一部?これに呪いをかければ、本体が死ぬとか?」
聞くと、元佐さんはブルっと身震いし
「えぇ??!!ということは、皮膚?とか?・・・・まさかっ!!そのっ!!」
私の顔色をチラッとうかがうので、何?って怪訝な顔すると
「え~~~、その、だから、男性の、それの、ま、マラの皮の一部ですかね??」
「はぁっっ!!??そうなの?それって、切り取っても平気なの?」
元佐さんが痛そうな表情で
「死にはしないでしょうけど、想像するだけでゾッとしますっ!」
ま、何がどうなってるのか知らないけどっ!!!
典薬寮の入り口で、ちょうど中に入ろうとした、たくさんの草?多分薬草?の入った籠を持った女性を呼び止め、
「あのぉっ!すいませんっ!ちょっとコレを見てもらえますか?生薬かどうかを教えてもらいたいんですっ!」
蓋をとって小箱の中身を見せる。
突然のお願いなのに、足を止めてくれて、干からびた皮のようなものを摘まんで、匂いを嗅いでくれて
「ん~~~これは、多分、獣の皮を干したものね!」
「それは知ってますけどぉ~~~!獣の皮を生薬として使うとしたら何ですか?」
「そうね、人でも獣でも皮でも内臓でも筋肉でも髪の毛でも爪でも血でも唾液でも糞尿ですら、全て生薬になるわよ!唐の国ではね!
効果は大小便の不通、子供のひきつけ、鼻血止め、尿路疾患、利尿作用、難産、逆子、淋病や脚気、胞衣不下、蠱毒や鬼魅の治療、緊唇、・・・・」
延々と続きそうなので手を振って言葉を遮り
「あっ!それぐらいで十分です!効果は分かりましたので!」
う~~~ん。
じゃあ、これは何?
中身の正体は結局不明。
ここで行き詰った。
悩んでると、元佐さんが小箱の蓋を見せながら
「あっ!そうですっ!この文字って何が書いてあるか分かりますか?
『呪い』って読めるんですけど、典薬寮でやってます?」
変な質問なのに、その女性は小箱の蓋を手に取りジックリと眺め、ニッコリと微笑んだと思ったら
「あ~~~、これはね!
呪いじゃなくて、多分、
『呪禁博士 沙宅万首』
って書いてあるのよ!
百年ほど前まで、典薬寮には呪禁博士がいて、呪禁のことを扱うとともに呪禁師を育成してたのよ!
沙宅万首は二百年ほど前(691年頃)の持統天皇のころの呪禁博士の一人で、百済から帰化した人よ。」
「呪禁って何するんですか?」
「道教の呪術よ。
病気治療や安産には欠かせなかったの。でも厭魅蠱毒事件が続発して、危険視されたり、陰陽道の台頭によって廃止されたの。」
元佐さんが腕を組んで考え込み
「蠱毒って毒虫を戦わせて、生き残った毒虫の毒を使うんですよね?じゃあやっぱり毒蛇の皮?じゃなくて鱗が無いから毒蜥蜴か毒蛙の皮?それとも巨大な百足の皮?とか巨大な毒蜘蛛の脚?」
実際的に使い道を考えた私が
「じゃあ、毒を盛ろうとして持ってたの?真綿に包んで?
毒を盛るなら砕いて粉にして、小さいヒョウタンとかに入れて持ってた方が入れやすくない?」
物騒な話に、典薬寮の女性が頬を引きつらせて、愛想笑いを浮かべ
「じゃ、じゃあ、私はもういいかしら?忙しいから!」
「あっ!ハイッ!ありがとうございました!お忙しいのに!すみませんでした!」
ペコッと頭を下げた。
元佐さんが小箱に蓋をしながら
「でも、道教と言えば仙人になるための霊薬・丹薬ですよね!それですかね?」
「う~~~ん、あっ!待って!もうちょっと小箱の中を探ってみましょ!」
蓋をもう一度開け、中の真綿を取り除け、その下を探ると、小さく折りたたまれた紙が出てきた。
(その4へつづく)