EP431:伊予の物語「呪禁の獣皮(じゅごんのじゅうひ)」 その1~伊予、左大臣の仕打ちに気づく~
【あらすじ:曾祖父が遣唐使で、自身が紀伝道の学生の、藤原元佐という友人に、大学寮の寄宿舎でヤバい箱が見つかったけどどうしよう!って相談された。愛されてると信じてた時平様に利用されてたって気づいて凹み中の私は、その箱の中身の謎を解決すべく、一緒に行動することに。感情と合理的な判断は相いれないけど、優先順位は人によって違う?私は今日も感情と欲望に流される!】
今は、900年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見にとって『兄さま』こと左大臣・藤原時平様は、詳しく話せば長くなるけど、幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十七歳になった今の二人の関係は、一言で言えば『紆余曲折』の真っ最中。
原因は私の未熟さだったり、時平さまの独善的な態度だったり、宇多上皇という最大の障壁の存在だったり。
結婚だけが終着点じゃないって重々承知してるけど、今のままじゃ辿り着けるかどうかも危うい。
強い日差しを和らげるように、冷気をおびた風が頬を打つ春の日の午後。
全身を白い薄紅色の花で着飾った桜が、誇らしそうに美を競っている。
買い物にでかけようと内裏を出て、建礼門で待ち合わせしてた身辺警護の梢をキョロキョロと探してると、水干・萎え烏帽子姿の男性が近づいてきた。
目が合うと、三白眼の目を細め、ぎこちない微笑みを浮かべ、
「梢の代わりに今日は私がお伴します。さぁ行きましょう。」
影男さんが促す。
ウンと頷き、肩を並べて歩き出した。
私は壺装束に市女笠を被り、足にピッタリ合う草履をはいてるので長距離を歩ける!
それはさておき、気まずい沈黙のまま、しばらく歩き続けてると、耐えられなくなった私が
「あのぉ、噂を聞いてるとは思うけど、左大臣様と、ね、この頃、前より、親しくしてて、とゆーか・・・・」
『妻になったの!』とキッパリ言えない自分が情けない。
忠平様にはすぐ言えたのに!!
傷つけないように気を使ってるから?
いいえ。
決定的な『破局』を怖れてる?!!!
・・・・多分そう。
影男さんが、私のことをあきらめて、離れていくのを、怖れてる。
影男さんが掠れた低い声で、
「左大臣が女色に溺れ、政務をおろそかにし、『花見の歌合せ』で右大臣に公然と侮辱されたという噂なら聞きました。
ひとりの女子のもとに、宿直のたびに通いつめ、朝まで入り浸り務めを怠ったと。
その女子があなたですね?」
「そう・・・・」
影男さんがふぅ~~っとため息をつき
「また彼の策略に利用されたんですね?
あなたの色香のせいで、腑抜けになり道を踏み外した愚かな男を、右大臣の前で演じるために、あなたを利用したと気づいているんですか?」
怒りで語気を荒げた。
ウウンと首を横に振り
「また?って、利用されたことなんてないわ!
それに今回だって、結果的にそうなっただけで、利用するつもりで私の房に入り浸ってたワケじゃないわ!」
チッ!と舌打ちし
「あなたを利用したのは初めてかもしれないが、彼が愛情の有無にかかわらず、周囲の人間を自分の策略のために利用することは知ってるでしょう?
己の感情すら冷酷に制御し、愛する人を利用し目的を達成する人間なんて、人として、夫として、この先、信頼できますか?」
「じ、自制心が強いだけで、スゴイ人だと思うわ!
人の上に立つ地位の方は、いざという時、冷静な判断が必要だし、だからって、冷酷だとか、非情だとか思わないしっ!!
二人きりの時はいつも優しいしっ!」
自分の説明に納得はしてたけど、今回のことでモヤモヤしてた気分はあった。
影男さんが苛立った低い掠れ声で
「あなたは彼の恋人たちからの嫉妬で、いわれのない誹謗中傷を受けたんでしょう?
激しい攻撃に、酷く傷ついたんでしょう?
そうなることは、全て織り込み済みで左大臣は事を運んだ。
つまり、あなたが傷ついてもいいと考えているということです。
そんな『人でなし』と、このまま付き合うつもりですか?結婚していいんですか?」
問い詰められると、焦って
「でもっ!嫉妬で恨まれるのは承知の上だし、そのことで兄さまを恨んでなんかないわ!」
ガッ!
私の腕を掴み、影男さんが立ち止まった。
三白眼の黒目が、大きく、漆黒に輝き、真剣な表情で見つめる。
「私なら、決してあなたを傷つけるような真似はしない。
あなただけを愛すると宣言し、周囲に邪魔をさせません。
その証拠に、ほら、これを見てください!」
袴の中に着込めた水干の腰紐に、不格好な巾着が結んであるのを手に取って持ち上げ、
「望子の巾着は返し、彼女からあなたのを取り返しました!
これはお守りなんです。
あなたと繋がっている証拠なんです。」
う~~~ん。
そう言われても・・・・。
黒歴史??!!ってゆーか、
下手くそな出来の巾着をずっと持ち歩かれて、周りに見せつけられても、あんまり嬉しくない。
『伊予は裁縫下手っ!』って言いふらされてるようなもんっ?!!
「ねぇ、作り直すから、それはもう、身につけて歩かないでくれる?
今度はもっと上手く作れると思うから。」
言い放つと、影男さんはキョトンとしてた。
でも、影男さんの言う通り、兄さまは私に夢中だと周囲に思わせるために、宿直の度に入り浸ってたのよね?
あれ以降は前ほど頻繁に通ってこないし。
今はちゃんと、真面目にお仕事してるだけ、だろうけど。
あれが作戦で、じゃあ、その作戦のせいで、私が臺与や丹後さんや有馬さんに恨まれても、兄さまは別に気にしてないってことよね?!
陰口言われても、非難されても、鬼女とか悪鬼って言われても、構わないってこと??!!
ふ~~~~ん。
そっか。
まぁ、色男の妻になるのは、大変だものね。
左大臣邸じゃなく、宮中にいることを選んだのは私。
だから、兄さまのせいじゃないってわかってるけど。
頭で理屈を納得してても、感情はどうにもならない。
心は寂しい。
ポッカリと穴が開いて、冷たい風が吹き抜けたみたい。
『全身全霊で愛してくれる!』なんてあり得ないって、知ってたけど、
勘違いしてたのかも。
あまりにも優しくしてくれるから。
そうだ!
これからは誰かに夢中にならないようにしよう!!
ちゃんと、他人に振り回されない、ひとりでも平気な人になろうっ!!
キッ!
と気を引き締めた。
(その2へつづく)