EP429:伊予の物語「企みの胯下(たくらみのこか)」 その4~右大臣、不公平な判定に憤る~
ムッ!として
「嫌なら離れた席に行きなさいよっ!!」
臺与が大きなタレ目を細め、鋭い横目で睨みつけ
「もうここしか空いてないのよっ!!『傾国の鬼女』は黙ってなさいっ!!」
怒りをぶつけ、プンとソッポを向いた。
はぁ~~~~~。
他の元恋人たちにも、恨まれてるだろうな~~~。
兄さまを独り占めした挙句、腑抜けにしたって思われてて。
しょうがないけど、やっぱり凹む。
集まった人々のざわざわした雰囲気をピリッと引き締めたのは、先触れの内侍が
「帝が御渡りでございます」
と告げた声だった。
全員が立ち上がり、帝が出御なさり御帳台にお入りになるのを見守った。
判者が開会の挨拶をのべると、『花見の歌合せ』が始まった。
左、右と順番にお題に沿った和歌が講師によって詠みあげられ、招集された様々な身分の歌人たちが念人として、自陣の和歌の長所を褒め上げ、相手の和歌の欠点を攻撃した。
それを聞いて判者が勝敗を決し、その理由である判詞をのべた。
私が注目したのは、やっぱり、お題『鶯』での右大臣・菅原道真様の和歌
『鶯の 声にぞ知るる 春の色 宿醸すれば 邑老語らふ
(鶯の声によって春の訪れを知ることができる。昨年から醸造しておいた酒を酌み交わせば、村の長老も語り合う。)』
確か、道真様が讃岐国の国司を務められたときに、詠まれた漢詩に同じような句があった気がする。
桜の木の下で、鶯の声と、老人たちからその土地の話を聞きながら、醸造した酒を酌み交わしてワイワイやる!っていう光景が思い浮かんだ。
のんびりした春の午後って感じがいいなぁ~~と思った。
滞りなく歌合せが進行し、僅差で左方が勝って迎えた最後のお題は『花』で、歌人は左が左大臣・時平様、右が参議・藤原有実様。
兄さまの和歌ねっ!!
いい和歌ができたかしら??!!
ドキドキしながら左方の講師が読み上げるのを聞いてると、雅な声で
「春の花 ふわりと風に とびゆけば 手にとらまへん うたかたの色
(春の花がふわりと風に舞っていくと、つかまえようとしてもできなくて、ただ儚い色だけが残る。)」
う~~~~ん。
『ふわりと』なんて可愛らしい言い回しだけど・・・・。
『とびゆけば』とか『手にとらまへん』とか『うたかたの色』とか、直接的だし無駄が多いしありふれてるし、何より全体的に『幼い』感じがする。
これは、・・・・ヤバいかも?
思いながら右方の和歌を聞く。
「春かぜに 散りくる花を ながむれば 袖にとまらぬ ものと知りつつ
(春風に舞い散る花を眺めると、袖にとめることはできないと知りながらも、つい手を伸ばしてしまう。)」
そうねぇ。
こちらも工夫は無いけど、手に入らない『憧れ』を散る花と重ねてるところがちょっとだけ趣がある。
偉そうに言えないけど。
もしかして、兄さまの・・・・負け?
椛更衣が心配そうにチラチラ、こちらの表情を窺い
「ね?伊予?こんなこともあるわよっ!左大臣だっていつも完璧な殿方じゃないってことよっ!気にしないでっ!!」
って言われたけど、歌人に詠ませるなら選ぶだけでしょ?
もっとマシなのを選べばいいのにっ!!
もぅっ!誰に頼んだの??!!
イライラしてると念人たちが順番に自陣の和歌の長所を言い立て、判者が腕を組んでウンウンと頷きながら両陣の主張を吟味してる。
判者が組んだ腕をほどき、意を決したように口を開きかけた時、どこからか、蔵人頭の服装をした男性が近づき耳打ちした。
判者がその蔵人頭にウンと頷き、
「では、判定を申し上げる。勝者は左!左方の句とします!!その理由は・・・・」
やっぱり・・・兄さまの負け・・・
ってえぇっっ???!!!!
ウソッ!
勝ち???!!!
どう考えても子供っぽい、残念な出来だったのに??!!
どーゆーこと??
疑問でいっぱいになっていると、判者の言葉を聞き終えた右大臣・道真様が
パシッ!
と扇で膝を打った。
人々が固唾を飲み、道真様に注目する。
険しい表情、重々しい声で
「これは、驚きの判定ですな。
左方は幼子を方人になされたようにお見受けしますが!
それともご自身で詠まれたのですかな?
ただでさえ、時平殿の近頃の、軽佻浮薄・傲岸不遜な態度はいかがなものかと存じておる上に、このような偏った判定が帝の御前で、堂々とまかり通るとなると、正道の政がこの世に成り立つかどうかも疑わしくなりますな。」
それを聞いた人々が
「そうだな!全くだ!」
「何たることっ!ゆゆしき事態だっ!」
「まさか!大げさなっ!」
・・・・・・
口々に騒ぎ始め、ザワザワとした雰囲気になった。
(その5へつづく)