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少女・浄見(しょうじょ・きよみ)  作者: RiePnyoNaro
浄見の物語(恋愛・ミステリー)
427/507

EP427:伊予の物語「企みの胯下(たくらみのこか)」 その2~左大臣、仕事で失態を演じる~

そんな時、大舎人が忠平(ただひら)様からの文を届けてくれた。

読んでみると


『伊予、妙な噂を聞いたんだが、兄上の様子が尋常じゃないって?

先日、上皇の屋敷で、菅公と話をする機会があったんだが、菅公が


「どうもこの頃、左大臣どののご様子がおかしいですな。

何か聞いておられるか?」


というので


「いいえ。別に何も聞いておりません」


と答えた。

お前たちが夫婦になったことはまだ秘密なんだろ?

ちゃんと黙っておいてやったからな。


すると菅公が


「そうですか。じゃあ、何か体調を崩したとかで、心身の健康に(さわ)りがあるようですな。」


「一体、兄が何をしたと(おっしゃ)るんですか?」


菅公は深刻な顔つきで


「今回は大事(おおごと)にならずにすんだがね、地方から上がってきたある重要な報告への対応に、不備があったんだ。

ある国の灌漑(かんがい)工事の費用の不足分を、朝廷から至急追加で捻出(ねんしゅつ)してほしいとの要望だったのだが、それを見逃がしたか、わざと無視したんだ。

私が菅根(すがね)に促されて報告書を確認し、許可しなければ、見逃していたところだ。

雨で川が増水すれば過去の工事が無駄になるところだった。」


兄上の失敗にしては初歩的だし珍しいなと思いながら


「右大臣さまのお考えでは、兄が左大臣としての資質を欠いている、つまり能力に不安があるということですか?」


菅公は神妙な顔つきで首を横に振り


「いやいや!こんなことぐらいで!

院がお決めになり、帝が同意しておられる人事に異を唱えるような愚かな真似はせん。

あなたがた藤原氏の、大織冠(たいしょっかん)(藤原鎌足)から続く、由緒正しい第一の忠臣たる御血筋に歯向かおうなどと、いっさい考えておらんよ。」


と回りくどい皮肉を言われた。

そのあと


「ただ・・・・、最近は女色にかまけて政務がおろそかになっているという噂もあちこちで聞きますな。

弟であるあなたからも、忠告なさったほうがいいかもしれん。」


とハッキリ言われた。

ここまで言うからには、よっぽど兄上に不満があるようだ。


お前と結婚して、兄上は、頭がお花畑になってるのか?


大丈夫なのか?元に戻るのか?


それとも一生、腑抜(ふぬ)けのままか?


そういえば、近々私を参議にすることを上皇と右大臣が取り計らってくれたらしいが、未熟を自覚しているので帝に奏請してできるだけ早くに辞退することにした。

かわりに叔父上(藤原清経(ふじわらのきよつね))を推挙する。


でも、もし私が参議になれば、伊予が乗り換えるというなら参議になってもいい。』


忠平(ただひら)様からの文の内容に呆然自失した。


はぁ??!!


まず忠平(ただひら)様が参議になったからって乗り換えるわけないし、何より、兄さまがそんな醜態(しゅうたい)をよりによって菅公に(さら)したの??!!


まさか??!!


驚きと、呆れと、ショックと。


信じられない!という気持ちのあとに、どうしようっ!!という焦りがこみ上げる。


だって、それなら、完全に、私と結婚したせいで兄さまが、『仕事はサボるわ失敗(ミス)するわ色に溺れるわのダメ人間?!』になったってことでしょ??


私が腐ったみかん?で、それが兄さまに感染した(うつった)ってこと??!!


新婚だから浮かれて理性が飛んでるだけ!で、すぐに元通りになる!って思いたいけどっ!!


そーじゃなかったらどーーーーしよーーーーっっ!!!


別れる、なんてことになったら・・・・・


深刻に(へこ)んで落ち込んでると、夜になり、宿直(とのい)の兄さまが通ってくる時間になった。


雷鳴壺の、自分の(へや)で、(ひとえ)を仕立てながら待ってる。


ときどき手をとめ、格子越しに外を眺めた。


春霞のせいで星一つ見えず、真っ暗な廊下を、釣灯篭(つりどうろう)の明かりを頼りに渡ってくる、濃紺の直衣(のうし)姿の兄さまを想像した。

廊下の端を、酒に酔ったかのような、おぼつかない足取り。

一度、下に落ちてしまえば、墨のように真黒な、地獄の闇に飲み込まれてしまうっっ!!と、変な妄想が頭に浮かんだ。


不安で鼓動が速い。


息が苦しくなる。


カタンッ!パタッ!


妻戸が開いて閉じる音がして、サヤサヤと衣擦れの音のあと、(へや)壁代(かべしろ)の前で


「伊予、私だ。入っていいか?」


身体の奥に響く、低い、硬い、瑞々(みずみず)しい声。

思わず立ち上がり、


「どうぞ」


壁代(かべしろ)をめくって入ってくる、白檀(びゃくだん)の香りと、ひんやりとした夜露を(まと)った直衣(のうし)姿の兄さまに見とれた。


もう何百回目?数えきれない!!


背筋の真っ直ぐな、凛とした(たたず)まい。


青白い頬と、筆で引いたような目元、紅い酷薄そうな唇。


私が見とれてるのに気づいて、照れたように微笑み、


「何?顔に何かついてる?三日前に会ったばかりだろう?そんなに変わったかな?」


確かめるように頬を触りながら、冗談めかす。


噂にあるような、女色に溺れる腑抜(ふぬ)けのダメ男には見えない。


知的で、聡明で、冷静沈着で、大胆不敵で。

冷酷に見える表情の奥に、尽きない優しさの泉を秘めた、私の愛する(おっと)


もしかして、私の偏見でそう見えてるだけ?

今まではそうだったけど、徐々に悪い方向に変わってきてる?

変化に気づいてないだけ?


ここで食い止めなきゃ、どんどん女色に溺れる腑抜(ふぬ)け男になるの??!!!


キリッ!


と気を引き締め、心を鬼にして、厳しい表情を作る。


「あの、今夜は、その、直廬(じきろ)へお帰りください!!」

(その3へつづく)

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