EP426:伊予の物語「企みの胯下(たくらみのこか)」 その1~左大臣、女子に惑溺する~
【あらすじ:左大臣が女色に溺れ、政務をおろそかにし、失敗を繰り返し、腑抜けになってるという噂が朝廷中に広まった。思い当たることが大アリ!な私は、何とか元の、やんごとなきハイスペック貴公子に戻そうとするけど、ダメ男でも責任から解き放たれるし、それはそれでいいかも!って思い直した。『史記』に盾突く気は無いけど、他人の股下をくぐることが、それほど屈辱?どちらの道でもそれなりに暮らせそう!って、私は今日も結局、楽観する。】
今は、900年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見にとって『兄さま』こと左大臣・藤原時平様は、詳しく話せば長くなるけど、幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十七歳になった今の二人の関係は、一言で言えば『紆余曲折』の真っ最中。
原因は私の未熟さだったり、時平さまの独善的な態度だったり、宇多上皇という最大の障壁の存在だったり。
結婚だけが終着点じゃないって重々承知してるけど、今のままじゃ辿り着けるかどうかも危うい。
薹立ちした菘菜が花を一斉に咲かせ、地上を黄色く彩る。
空は全天に霞み、陽が遮られ、世界が紗の帷に覆われたような春の日が訪れた。
過敏症?黄砂の影響?で鼻をムズムズさせながら、雷鳴壺で女房の日々の仕事をこなしていた。
茶々が一週間後、仁寿殿で催される『花見の歌合せ』のお知らせを持ってきた。
曰く
「公卿の方々ができるだけ出席して歌合せをなさるそうなの!
風の噂では帝も出御なさるらしいけれど、華美なものにならないようにと仰ったそうで、できるだけ簡素に設えると聞いたわ!
各局から帝の妃嬪を含め二人までは、見学可能らしいのね、ねぇ!伊予も行くでしょ??!!
今から楽しみよねっ!!
凛々しい公卿の方々の、詞藻豊かな和歌が聞けるなんて素敵だわ~~~~!」
ん~~~~、でもぉ・・・・
茶々のキラキラした期待にみちた目を見つめ
「あのぉ、盛り上がってるところ水を差すようで悪いけど、公卿っていい歳したオジサンばっかりじゃない?
左大臣様を除くと平均四十後半ぐらい?
それにお目当てのイケメンはいないでしょ?
和歌だって、別の歌人を雇って詠ませたのを持ち寄るだけでしょ?」
多分和歌を詠んだ幽霊歌人が念人として同席して、自分の和歌の長所を主張すると思う。
茶々が扁桃型の目を細め、舌打ちしそうな勢いでイラっとして
「もぅっ!細かいこと言わないでよっ!!
中には詩才あふれた美男子の、若くて高貴な公卿がいらっしゃるかもしれないでしょっ!!
もしもその方のお目に留まれば、夢のような暮らしが待ってるのよっ!!」
「う~~~ん。詩才にあふれてる、といえば・・・・右大臣様よね?おじいさんだけど。
美男子で若くて高貴といえば、やっぱり、何と言っても、ほら、あの方よね?
私の・・・・お、夫の・・・・ね?」
ひゃーーーっっ!!!
何か照れるっ!!
夫ってっ!!
熱くなった頬を両手でパタパタ扇ぐ。
「あっ!そういえば茶々っ!!いいのっ??!!
あなたには明経道の学生の只野さんがいるでしょ??」
茶々が頬を引きつらせた笑顔のままピタッ!と固まった。
え?!!
もしかして地雷踏んだっ??!!!
ヒヤヒヤしながら様子をうかがうと、ジトッとした目で私を恨めしそうに見つめ
「もういいのっ!別れたのよっ!あんな堅物っっ!!口づけはおろか手を握ろうとすらしないっ!!私に女性の魅力が無いって言いたいのっっ??!!!真面目過ぎる男性ってマジで面白くないわよねっ!!」
「そっか~~~!!茶々って触れ合いが好きだもんね~~~?!!それが無い人とは上手くいかないのね??!!」
茶々が暗い表情のままウンと頷いた。
そしてハッ!と何かを思い出したように真剣な表情で私を見つめ
「そういえば、清涼殿で警護する大舎人に聞いたんだけど、殿上の間で控える公卿達が噂してたらしいんだけどぉ、アレってホント??」
「は?何?なんて言ってたの?」
茶々がためらうように口をモゴモゴさせ
「この頃、左大臣様は視察と称して、市かどこかへ行ってしまわれて、朝議を度々欠席されてるらしいのね?」
「う~~~ん。検非違使と連携して、よく個人的に捜査してるみたいだから、それはあるかも。」
茶々がまた唇を噛み、モゴモゴと言いにくそうに
「でね、宿直というか、夜間、直廬で緊急事態に備えて待機すべきお立場なのに、この頃、ずっと女子のところに通いつめてらして、大舎人が直廬へ指示をあおぎにいっても、十中八九いらっしゃらないんですって。
これは・・・・どうなの?ホントなの?」
えっ???!!!
今度は私が真っ赤になって固まる番!!!
た、確かにっ!!
兄さまはこの頃ずっと、宿直が始まる時間から夜が明けるまで、雷鳴壺の房で私と一緒に過ごしてるっっ!!
三日に一度は来てるから、兄さまの当番の時は『いつも』と言えると思う。
右大臣、大納言、左大臣の三人で当番を回してるとすると。
アレって規則違反なの?
やっぱり?
宿直って仕事の一環だものね??!!
知ってたけどっ!!!
罪悪感というか、『恋にお盛ん』?と思われて恥ずかしい!というか、いたたまれなくなって、真っ赤になりながらうつむく。
返す言葉が無くて黙り込んでると
茶々が悪戯を見つけたみたいにニヤニヤして
「あ~~ら~~~??!!噂はホントだったのね?
伊予の話では新婚だっていうから、一番仲良くしたい時期なのね?
分からなくも無いけどぉ~~!
イチャイチャするのも羨ましいけどぉ~~~~!
仕事に影響が出るのはマズいんじゃないの?さすがに?」
最後は真剣な声。
私も不安になって
「そうね。我を忘れて舞い上がってる場合じゃないかも??!!
これからは自重します。」
会いに来てくれても、すぐに直廬に帰せばいいのよね?
今度からそうしよう!
反省した。
だって、愛され過ぎる!のは心地いいけど、私のせいで政務がおろそかになって、時平様をダメにした女子って言われるのは嫌だし。
私のせいで兄さまが重大な失敗でもして落ちぶれたりしたら・・・・・
考えたくないっ!!!
藤原氏一族の命運を握る大事なお方なのにっ!!
イヤな汗が背筋を伝う。
(その2へつづく)