EP424:伊予の物語「薹立ちの菘菜(とうだちのあおな)」 その3~伊予、物思いにふける~
その人が私の口を塞ぎつつ、もう片方の手で腰を引き寄せ、抱きしめるので、イラッ!として手をバタバタさせ、もがいてると、
「伊予っ!静かにしないと上皇に見つかるぞっ!!ほらっ!車副の一人がお前の叫び声に警戒してやってきたぞっ!」
えぇっっ??!!
『分かった!暴れないから、離して!』
という意味を込めてウンウンと頷くと、手を放してくれた。
「ここで何してるの?って上皇の身辺警護?上皇侍従だし?」
声を落としてヒソヒソ尋ねると、忠平様は路へ飛び出し、牛車の方向と私をチラチラ交互に見て気にしながら
「しっ!!やってくるっ!!誤魔化すからここにいて!」
言いながら、警戒してやってきた従者の男性に手を上げ近づいた。
「大丈夫!怪しい者じゃなかった。どこかの屋敷の侍女が通りがかっただけだ」
「そうですか。侍従様。上皇様は屋敷に入られました。門前でお待ちされるのですか?」
「そうだな、屋敷の周囲を歩いて怪しい者がうろついていないかを確認してからにする。」
「ではっ」
従者が立ち去った後、塀際で待ってた私のところへやってきて
「礼は軽くでいいぞ」
言いながら自分の頬を指さすのでムッ!として
「あなたがいなければ、サッサと逃げれたのにっ!!」
「今からでも上皇に伝えようか?『あの~~~お探しになってる浄見が~~ここにいますぅ~~!』」
路に出て叫ぼうとするので、狩衣の袖を引っ張り引き留める。
「分かったからっ!!バカな真似はやめてっ!!」
ニヤニヤしながら
「ん!」
と頬を差し出す忠平様に、言うかどうかを悩みつつ、
「実はね、私、もう、・・・・妻?になったのっ!!兄さまの。ね、だから、お遊びでも、浮気のようなことはできないの!
ごめんなさいっ!!」
俯いて袖の端をモジモジと摘まみながらボソボソ謝る。
忠平様は目を見開き一瞬、ギクッ!!と固まったように見えたけど、すぐに、不機嫌そうに眉を寄せ
「そんなのっ!!・・・・関係ないっ!!伊予が兄上と付き合ってると知った時から覚悟はできてるし。」
口ではそういいつつも、プイッ!と顔を背け、くるりと背を向けた。
「内裏を出て、どこかの屋敷に籠るのか?それとも左大臣邸に?」
「ええっと、まだ公に発表はしないの。しばらくはまだ宮中にいるつもり。」
表情は見えないけど口をとがらせてるみたいに
「ふーーーーん。でも、ま、公表すれば、内裏を出るんだろ?会いやすくなるかぁ・・・・・」
呟く声に力が無い。
寂しくなるけど、これで忠平様も別の女子にするよね?
「じゃ、今までありがとうございました。もう行くわねっ!!」
手を振って別れた。
上皇とすれ違わないように、何本か路をずらして、北へ、内裏方向へ向かって歩き出した。
履物無しでは足が痛くなりそう。
でも仕方ない。
手早く、衣をたくし上げて腰ひもを締め直し、壺装束にして歩き出した。
トボトボ歩いてると、あの夜のことを思い出した。
『入って!兄さま!あなたの全てが、欲しいのっ!』
と恥ずかしげも無く懇願した。
なぜ?
他の妻たちに負けたくなかった。
兄さまを独り占めしたかった。
まるで、奴隷のように、主の命令ならなんでも喜んで受け入れたくなった。
圧倒的に征服され、支配され、ひれ伏したくなった。
私の運命を絶対的に支配する主として、兄さまに君臨してほしかった。
そうして初めて、一つになれると思ったから。
いつも敏感な部分に押し付けるそれで、兄さまは、私の中に入った。
自分の中に、初めて、自分以外の人の一部が入った。
温かい、固い、異物のような、それが、自分の密着した肉体の、内部を引き裂くように入っていく感覚に、違和感があった。
痛い!
瞬間的に思ったけど、兄さまの耐えるような、上気した真剣な顔に見入ってしまった。
全てが入ってしまうと、溶け合って一つになったような一体感があった。
これからどうするの?
思ってると、すぐに兄さまは体を離した。
裂けたその部分から、少し出血した。
これでやっと、妻になれた!
年子様や廉子様と同じ!
臺与や有馬さんや丹後とも!!
子供ができたかも?という不安はどこかに消え去ってて、ただ、誇らしくて、嬉しかった。
兄さまと過去最高に、親密になれた!
完全に、あの人の女子になれた!
もし子供ができたなら、大事に育てたい。
たとえ一人でも、立派に生んで、愛情たっぷりに育てたいっ!!
って決心した。
思い出すだけで幸福感に満たされる。
はやくあの人に逢いたい!!
私のたった一人の、大事な人!
愛する夫であり、唯一の主。
あの人に、私の全てを決めて欲しい。
そのあと、添い寝しながら兄さまは
「浄見はもう私の妻だ。
新しい屋敷は用意してあるが、警備を厳重にすると、上皇側に警戒される恐れがあるし、警備が手薄ではいつ誰に攫われるか心配でたまらない。
だから、しばらくは左大臣邸の東北の対で過ごしてくれ。
あそこなら警備を厳重にして、竹丸と腕の立つ雑色を何人か、常に浄見のそばにつければ安心できる。
年子もいるし、とっさの判断は彼女に任せればいい。」
「う~~~ん、それは、いつまで?」
(その4へつづく)