EP423:伊予の物語「薹立ちの菘菜(とうだちのあおな)」 その2~伊予、梅の木のおじいさんの正体を知る~
雑色が
「殿が主殿に来るようにとのご命令です」
はぁ??!!
鉢合わないように早く出ていかなくていいの??!!
しぶしぶ主殿に渡り、招き入れられると、さっきのおじいさんが御座に座り源昇様と対面して談笑してた。
「右大臣殿が感心されたというのは、この女子のことですか?」
『右大臣』?ってことは、あのおじいさんって菅原道真様?
随身もつれてらっしゃらないから普通の貴族だと思った!
って、随身は門の外で警護してるの?
どっちにしろ、あの右大臣で文章博士で上皇の側近で、漢詩の名手の超のつく有名人!
兄さまと違って、中流の貴族から実力でのし上がって右大臣にまで上り詰めた『叩き上げ』のお方。
上皇の抜擢による出世とか文章博士だからとか、今、何かと周囲の公卿から嫉妬と羨望の的になって孤立してらっしゃる。
そんな方が目の前にいるの??!!!
滅多に会えない有名人に緊張してジットリ手汗をかいてる。
菅原道真様が
「そうです。先ほど梅の下で会いました。名前は?」
源昇様が
「伊予といいます。この女子は私の遠縁のもので、浅学非才の身です。仰るように教養ある女房などではございません。何かのお間違いでは?はっはっはっ!」
扇で口元を隠しながら、首をゆっくり横に振る。
その割にはうれしそう。
菅原道真様が源昇様を目を細めて見つめ、扇を口元に当て、
「『月耀如晴雪、
梅花似照星、
可憐金鏡轉、
庭上玉房馨』
この意味が分かりますか?」
源昇様が寝耳に水のようにキョトンとして
「はいっ??何ですか?ユエ、ヤオ?唐語ですか?いいえっ!!耳にしたことも無い詩ですなっ!!」
小さい目をますます小さくし、口をすぼめ、『無』の表情でブンブン首を横に振る。
菅原道真様が私に向かって
「伊予殿、勘解由長官殿に和語でお教えして差し上げなさい。」
私がさっきの書き下し文を繰り返したあと、
「確か、右大臣様のお作りになった詩だと存じております。」
付け足すと、源昇様は『なるほど~~!』とすっかり感心したようにウンウンと頷き、
「はぁ~~~!そのような!
しかし、右大臣様がお作りになる漢詩はやはり素晴らしいですな!
学問を究めた文章博士だからなせる業、と言いましょうか、技巧に富んだ、情感あふれると言いましょうか、老練な趣がありますなぁ。」
道真様は口の端に皺をよせ、皮肉気に
「これは私が十一の歳に作った詩です。素直で誰にでも分かりやすい詩だと思いますが。」
はいっ!
やっちゃったーーー!!!
気まずい笑顔が張り付いた源昇様も、悪気があるワケなく、単に興味が無いだけなのね、多分。
詩とか和歌とか、現代貴族の教養だから頭に入れなきゃ!だけど、味わえるかどうかは個人差あるし。
源昇様にしてみれば、家柄は自分より格下なのに、詩才も学問の才能もあって政ですらトントン拍子で出世して自分より上の地位に上り詰めた人、のご機嫌取りなんて、ホントは不愉快極まりないっ!!のに頑張ってるんだろうし。
加えて道真様がトドメの一言。
「浅学非才の女子より、朝廷で役所の長官を務めておられる方のほうが、教養は必要ないとのご意見ですな。
確かに承りました。
伊予、勤め先に困ったら私が世話してあげよう。もっと教養を身につけられる勤め先をね。」
源昇様は頬をピクピク引きつらせながらも、必死で笑みを浮かべてた。
まぁ、でも、道真様が貴族達から嫉まれたり、仲間外れにされたりする理由が少しわかった気がする。
身分の違いで人を判断なさらず、能力の高さにうぬぼれることなく学問を究められたところはスゴイと思う。
でもおもねることがお嫌いなのか、他人の欠点もズバズバ指摘しがちで、かつ、向学心が無い人には冷たく切り捨てるようなところがおありになるよう。
権力や身分の高い方に媚びたり、部下を褒めたりもあまり得意じゃなさそう。
ひと言で言えば『人間関係が下手』?
考察してるとハッ!と今の自分の立場に気づいた。
もう退出していいかな???!!!
グズグズしてると上皇が来て鉢合わせてしまう!
「あの、では、わたくしはこれで、失礼いたします。」
気まずい雰囲気を破るひと言に、源昇様が引きつった笑顔の頬を引き締め、私に向かって取り繕った難しい顔で頷き
「うむ。下がってよい。」
慌てて立ち上がり、そそくさと東中門廊の車寄せに急ぐ。
早く行かなきゃ!
置いてかれちゃうっっ!!
慌てて駆けつけた・・・・のにっっっ!!!
車寄せに牛車の姿は無く、椛更衣はしびれを切らして出発したみたいっ!!
はぁ~~??!!
走ればまだ間に合う?
牛車って遅いしっ!!
あわてて襪のまま地面に飛び降り、東門から路へ出ると、北から豪華な唐車がやってくる。
牛を引く牛飼童だけでなく、牛車の両側につく車副という従者がわんさかいるのでよっぽど身分の高い人!ってゆーか絶対、上皇っっ!
ヤバッ!!
内裏の方向は北だけど、ここは一旦南へ向かって屋敷の塀に隠れつつ、あとで北へ向かえばいい!!
すばやく南方向へ走る。
角で屋敷の塀にそって交差点を西へ曲がる。
後ろを気にしながら屋敷の塀に隠れるように曲がったので前方確認がおろそかになった。
ボスンッッ!!
誰かの狩衣の胸が顔に当たった感触。
とゆーか、曲がり角でぼんやり立ってた人にぶつかったみたい!!
「あっ!ごめんなさいっ!!不注意でっ!!」
慌てて後ろに下がって、顔を上げる。
ぶつかった人の顔を見ると
「キャッッ!」
ビックリして思わず大声がでた。
その人が手を伸ばして素早く私の口を塞ぐ。
「っんーーーーっっ!!!」
(その3へつづく)