EP421:伊予の物語「絶壁の親鶫(ぜっぺきのおやつぐみ)」 その5~伊予、絶壁に立ち初めて覚悟ができる~
薄暗がりで、その狩衣の人が近づく。
目の前にしゃがみ込んだとき、香しい白檀の匂いに気づいた。
「逢いたかった!」
兄さまの胸に飛び込み、ギュッ!と抱きしめた。
抱きしめ返してくれる兄さまに、問いかけた。
「若君と姫君の様子はどう?」
「心配ない。今日、寺へ参拝に、廉子抜きで出かけたら、二人とも問題なく話ができた。
太郎が言うには廉子が
『これからは、父上とひと言でも口をきけば、以後、母はお前たちを我が子だと思いません。
お前たちを絶対に愛さないでしょう。
お前たちは母のいない孤児となるのです。』
と言ったそうだ。
だから太郎と一の姫は私と会話しないように必死だったらしい。
気を抜くと声が出ることがバレてしまうから、緊張が解けず、食べ物も喉を通らなかったと。」
「酷いっ!でも、よかった!声が出せてっ!!普通に会話できてっ!!本当に良かった!」
兄さまを抱きしめる手に力を込めた。
兄さまが髪を撫でながら
「そんな事だろうと思った。『伊予に呪われた』ことにしたくて子供たちに嘘をつかせた。酷い親だ。他の女子に養育を任せた方がいいのかもしれない。このままじゃ私を操る道具にし続けるだろう。」
「私がいけないの!贈り物をして、気にいられようとしたからっ!!廉子様を刺激したからっ!
臺与や丹後さんにも、悪鬼だって責められた!
臺与が髪の毛の塊を吐いたの。でも、多分、手で持ってたのを見せただけ。」
「どいつもこいつも、酷いことをするな。女子の嫉妬は醜いな。ますます嫌われるとは考えないんだろうか?」
「私が悪いの!つけ入る隙を見せたから!それに・・・・」
言うかどうか迷った。
でも、正直に言ったほうが、気が楽になるかも。
「影男さんと口づけしてたのを望子に見られて、予知夢を見ることが知られて、臺与に伝わったせいで、それを利用されたの。」
ゴクッと息をのむ音が聞こえ
「影男の見舞いに行ったとき?」
ウンと頷いた。
兄さまが、躊躇うようにもう一度ゴクリと喉を鳴らし
「あ、あの、私も、廉子にせがまれて、抱いた。
彼女が、誇り高い、親王の息女である廉子が、はしたない真似をしてまで、懇願したんだ。
放っておけなかった。
あの自尊心の高い彼女が、あんなことをするなんて。
哀れになって、つい、
心は動じてないけど、肉体は、その、・・・・」
チクッ!!
兄さまの身体から立ちのぼった、甘い独特の香の匂いを思い出した。
やっぱり!
肉体に染みついた廉子様の匂いだったのね?
胸が痛くなったけど、お互いさま。
キッパリ割り切ったつもりで、キッ!と顔を上げ、兄さまを見つめた。
頬に触れられ、親指が目の下を拭うように動くから、頬が濡れてるのに気づいた。
こんなにも甘い愛撫を、廉子様にも与えたのね?
もっと、濃密な、夫婦だけの行為を、廉子様としたのね?
兄さまの柔らかい湿潤な肉体によって与えられた、官能と快楽と快感を思い出し、全身が震えた。
身体の奥を貫く快感を、敏感な部分から溢れる愛の泉を、それをもたらしてくれる主の美しい肉体を。
まだ何重もの衣という鎧をまとっていながら、幻は、兄さまの愛撫に酔っていた。
あえぎ声を出し、快感の感覚を研ぎ澄まし、わずかな動きに反応する。
兄さまが溶けてしまいそうな、官能の表情で、私の衣を剥がそうとする。
絶頂の予感に、耐えきれず、喘ぎながら、
「入って!兄さま!あなたの全てが、欲しいのっ!」
涙を流しながら、せがんだ。
ひとりの、しがない、哀れな、女子として、
絶対的な、服従の、証しとして。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
毒親とストーカー、どっちを身近に持つ方がマシか?って究極の選択の気がします。