EP420:伊予の物語「絶壁の親鶫(ぜっぺきのおやつぐみ)」 その4~伊予、根も葉もない噂に精神が疲労困憊する~
焦ってすぐに桜に駆け寄り、
「全部嘘だからね!鬼とか予言とか呪いとか、そんな能力無いし!もしホントにあるなら臺与なんて、真っ先にここにいないはずでしょ??!!とっくに消してるわよ!!ムカつくもの!!根も葉もない嘘で攻撃してくるなんて!!」
桜はキョトンとしたけど、アハハハ!と声を上げて笑い
「そう言えば!そうよね~~!伊予に不思議な能力があるなら、臺与はあんなに好き勝手な事できないハズよね~~~!なるほどっ!その通りっ!!!ハハハッ!」
・・・・予知夢だけはホントだけど。
一人になると落ち着いて考えることができた。
確かに私の予知能力は普通の人には無いもの。
でも、制御できないし、ほぼ無意味。
苦痛が増えるだけ。
こんな力のせいで、悪鬼?だと思われるなって!
もし、臺与が廉子様にそんな話を吹き込んだら・・・・兄さまはますます私と逢えなくなるっ!!
どうか、二人が結託しませんようにっ!!
そして、兄さまが悪鬼とか呪いとかを信じませんようにっ!!
一刻も早く、御子様方の言葉が戻りますように!
「ピピィッッッ!!クワッックワッ!!」
どこかで鶫の鳴き声が聞こえる。
夏には口をつぐむという鶫。
二人の沈黙が、鶫のように一時的でありますように。
その日から、雷鳴壺でも自分の房でも、宮中のどこにいても、他人の内緒話が気になった。
ヒソヒソ声をひそめて話し込んでる人々が、私を見て急に話すのをやめたり、不審そうな目つきで眺めたりするのに遭遇すると、体を縮こまらせて、足早に通り過ぎた。
全員が私の陰口を言ってるような気がした。
「あの子って呪いをかけることができる鬼らしいわよ!」とか「悪鬼なんですって!予言できるんですって」とか。
知り合いの他人行儀な仕草にも、鬼だと思われてるから素っ気無いの?避けられてるの?と疑いを持った。
一人で抱え込んで、茶々にも、椛更衣にも相談できず、兄さまにも逢えず、気が狂いそうになった。
誰の声も聞こえない場所へ逃げ出したくなった。
忠平様に、枇杷屋敷にいない日に使わせてもらいたいと文を書いた。
一人っきりになりたい!
誰もいない場所でゆっくり眠りたいっ!!
忠平様から、枇杷屋敷にいない日付を聞き出し、使わせてもらう許可と、椛更衣から外出許可をもらい、その日になると早速出かけた。
顔なじみの雑色に東の対に通してもらった。
美しい蒔絵の重箱が畳の真ん中においてあるので不思議に思って近づくと、その下に、文字の書いてある紙が挟んであった。
紙には
『退屈だろうから、これで遊ぶといいよ。妹が昔使ってたものを借りてきた。美しい絵があるから眺めるだけでも楽しいと思う。他にも、囲碁や双六、琴、笛、書物、この屋敷にある何を使っても構わない。好きなだけくつろいでくれ。』
忠平様の流れるような瑞々しい文字があった。
蒔絵箱のふたを開けると、金箔と極彩色で美しい人物や風景の絵が描いてあるハマグリがたくさん並んでた。
わっ!!キレイッッ!!
私が一の姫に贈ったものより、数倍は高価そうな品だった。
ひとつひとつ手に取り、ゆっくり眺める。
貝殻の模様や大きさが同じものを、絵を内側にして重ねると、当たり前だけどピッタリと合う。
ボンヤリと同じことを繰り返してると、なぜか悲しくなった。
・・・・こんなものを贈らなければよかった。
奥様二人に認めてもらおうとか、気にいってもらおうとか、泥棒猫のくせに、図々しいと思われたのかも。
廉子様にますます嫌われただろうな。
このままでは、将来、兄さまと結婚なんてできるんだろうか?
次から次へと不安が押し寄せ、ハマグリの美しい絵を見ても、心は乱れた。
ハマグリをそこらじゅうに散らかしたまま、畳に倒れ込んだ。
何もかも忘れて、眠りたい。
灯りをつけないまま日が暮れてしまい、まだ寒い三月の夕暮れは、格子と壁代をおろしていても風が冷たい。
それでも単は重ね着してるので、それほど寒くない。
ウトウトと眠りに入りかけた。
ガタガタッ!!
妻戸が鳴り、バタンッ!と大きく開いた。
思わずビクッ!と体が震える。
ゆっくり体を起こし、恐る恐る
「誰?」
暴漢なら、すぐに逃げないと!
頭の片隅では怯えてたけど、多分、忠平様だ、と思った。
(その5へつづく)