EP418:伊予の物語「絶壁の親鶫(ぜっぺきのおやつぐみ)」 その2~伊予、子供たちの異変を知る~
兄さまが
「少し長くなるが、聞いてほしいことがあるんだ。
一週間ほど前、浄見が子供たちへ贈り物をしてくれただろ?
ありがたかったんだが、その数日後、堀河へ帰ると、廉子が慌てた様子で
『あなたっ!!太郎と一の姫が大変ですのよ!
伊予さんからいただいた贈物を最初は喜んでいたんですけど、それで遊んでいるうちに二人とも口数が減り様子がおかしくなったの!!
今日なんて、ひと言も言葉を発しませんのよ!
あの贈り物には何か意味があるんですの?子供がおかしくなる呪いでもかかっているの?』
というので、太郎(藤原保忠)と一の姫(藤原仁善子)のところへ行き、二人に話しかけた。
太郎に
『この漢文の書を読んだのか?面白かったか?』
と訊ねると、ウンと頷くが、声を出さない。
『どこが面白かった?』
と聞いても、口をパクパクするだけで、声を発しない。
一の姫は三歳だから、もともと流暢な文章で話すわけじゃなかったけど、それでも、好き嫌いは言えたし、短い文章は話せた。
なのに
『キレイな絵が描いてあるハマグリ、どう思う?』
と話しかけても、声を出さずに首を傾げる。
以前はちゃんと言えてた自分の名前を尋ねても、何も答えずに廉子に走り寄ってしがみつくだけだった。」
ええーーーーっっ!!
確かに異常事態っっ!!
「大変っ!!医師に見せたの??」
兄さまは眉根を寄せ難しそうな表情で
「廉子が言うには、医師に見せたが無駄だったそうだ。
それに、『貝合わせ』を贈るなんて、『貝のように口をつぐめ』という意味で、伊予が言葉を失う呪いを込めたに違いないと言い張るんだ。手書きの書は一文字ずつ呪いを込めて書かれていると言うんだ。
そんなバカな事を伊予がするはずないときつく言い聞かせたんだが、思い込みが激しくて、伊予に呪われた!と半狂乱になって騒ぐから、落ち着かせるために毎日、堀河に帰ってる。」
はぁ~~~~????!!!!
呪い?ですって?!!!
そんなワケないっ!!
あり得ないっっ!!!
ちゃんと職人に注文して、立派な貝合わせを作ってもらったのにっっ!!
それにどーやって呪いをかけるのかも知らないのにっ!!!
でも、実際に、若君と姫君が言葉を失くしたの??!!!
私の贈り物のせいで??!!!
顔面蒼白で、半泣きになりながらも、
「そ、それなら、今すぐ贈り物を捨ててくださいっ!!あっ!返してもらえれば自分で保管しますっ!!」
自分に呪い?はかからないし!
でも、既に言葉を話せなくなったなんて、どうしたらいいの??
どうしたら治るの?
このまま、兄さまの大事な子供たちが、私のせいで、将来が台無しなんて、可哀想だし、どうやって責任をとればいいのっ!!!
涙がポロポロ頬をつたう。
スッ!
兄さまの指が頬に触れ、涙をぬぐう。
「心配しなくていい。浄見のせいじゃない。すぐに治るよ。そもそも呪いなんて信じてないし、きっと廉子が企んだことに違いない。」
「っうっ!っくっぅ!!でもっ、もしっ、そうじゃなかったらっ!!わっわたしっ!!謝らなきゃっ!!廉子さまにっ!!お二人にもっ!!会って、様子を見て、お役に立てることが無いかを、廉子様に聞いてみたいしっ!!」
ぬぐう涙の量が追いつかなくなったので、兄さまは私の肩を引き寄せ抱きしめた。
髪を撫でながら
「大丈夫。すぐに話せるようになる。絶対に浄見のせいじゃない。私が何とかするから落ち着いて。
浄見が廉子に会えば、もっと酷い言いがかりをつけかねない。
年子は何も言ってこないってことは、次郎(顕忠)には何も起きてないってことだ。ということは、やっぱり廉子があやしい。
二人が元に戻り、廉子が落ち着くまでは浄見と逢引きできないけど、それは承知してくれる?」
ジッと見つめ合い、ウンと頷く。
兄さまが身動きするたびに、身体から廉子様の独特の薫物の匂いが、強く漂った。
ずっと、堀河邸で過ごしてるなら、匂いが移るのは当たり前だし。
・・・・身体に染みつくほど親密に過ごしたの?
兄さまを疑い、束縛しようとする自分が嫌になった。
そもそもあっちが正式な妻!
私が兄さまを責めるなんてお門違いもいいところっ!!!
でも、胸の痛みは抑えようが無かった。
それから数日後、兄さまから何の連絡もない不安な日々を過ごしていると、雷鳴壺に、いきなり丹後と臺与が私を訪ねてきた。
どういう取り合わせ?
丹後は弘徽殿女御の女房で、臺与は萄子更衣の女房。
二人に何の関係性も無いっ!!!
兄さまの恋人という共通点の他は。
一応、私の房に案内し、対面して座り、白湯を注いだ碗を各々に差し出した。
臺与は大きなタレ目を少し細め、口元は今にも笑いだしそうに微笑みを浮かべてる。
ひと言で言えば『余裕の表情』。
丹後は吊り上がった細い目をますます吊り上げ、立派な鉤鼻をますます尖らせ、への字口を結んでる。
ひと言で言えば『激怒寸前』。
丹後は、ムッチリとした豊満な胸を寄せるように腕組みし、私を睨み付けた。
(その3へつづく)