EP416:伊予の物語「浮舟の刺(うきふねのとげ)」 その5~伊予、心に刺がささる~
そうよ!兄さまだって『多淫多情』でしょ?!!
私だけが凹む必要ないっ!!
開き直ってジッと目を見つめる
兄さまは肩をすくめ
「罪悪感なんて無いよ。
だって浮気してない。あんなのは浮気じゃない。
必要に駆られてしてるだけで、浄見以外の女子と、したいと思ったことはない。
実際、接触があれば肉体的に反応するのは止められないけど、心は動いてない。
でも、近頃は、それすらあまり・・・。だから有馬に不能呼ばわりされるんだよ。」
ブツブツ呟く。
ええっっ??!!!
ホント??!!!
もし本当なら、浮気なのは、多淫なのは、私だけ?
ますます凹み、しばらく浮上できそうになかった。
今後、兄さまのちゃんとした妻になるためにも、影男さんとは、もう会わないようにしよう!
ちゃんと別れを告げよう!
二度と流されないように。
固く心に誓った。
数日後、まだ仕事復帰していない影男さんへ
『もう二度と会いたくありません。会いに行くことも、文を書くことも無いと思います。』
という内容の文を送ると、
『直接会って話し合いたいから、見舞いに来てくれ』
という文がきた。
さらに数日後、私はもう一度、伴家を訪れた。
最後の話し合いをするために。
身辺警護として、梢と一緒に。
侍所にいる雑色に挨拶し、影男さんのいる、東の対に一人で向った。
影男さんは、相変わらず三角巾で右腕を吊り、文机の前に正座して書を読んでた。
私を見ると、立ち上がり、近づいて
「どうしたんですか急に?左大臣と何かあったんですか?」
ウウンと首を横に振る。
影男さんが、近づき、手を握ろうと腕を伸ばした。
掴まれないように、後ろに下がり、話を逸らそうと、
「ね?暴漢に襲われたとき、本当は何を取り返そうとしたの?何か隠してるんでしょ?」
冗談めかす。
影男さんが水干のたるんだ部分をめくり腰紐を見せ
「これです」
水干の腰紐には、鴛の刺繍の入った巾着、その巾着の紐には紅い房飾りと紅い玉を花のようにあしらった玉飾りがついてる。
見事な出来栄えの帯飾りだった。
「すごいっ!!キレイな帯飾りねっ!!望子さんにもらったの?」
影男さんが不審な表情で
「えっ??」
水干の腰紐を、確認して、
「いやっ!違います!これは、今朝、着替えを手伝ってもらった時、望子がすり替えたんだっ!待っていてください」
スタスタと出ていった。
戻ってくると
「望子を呼び出しました。すり替えた巾着を持ってくるように言いました」
私の目を見て
「あの日、強盗に、銭が入ってると勘違いされて奪われたのは、あなたにもらった巾着です。あなたにもらった文もその中に入れてました。」
三白眼の黒目が大きく、漆黒に輝く。
あの?粗末な出来栄えの?みっともない巾着を?
ビックリして
「え?いつも身につけてたの?」
ウンと頷き
「左大臣に夢中なあなたは気づいてなかったでしょうけど。」
「だから『恋文という証拠がある』って臺与が言ったのね~~!」
思わず呟いた。
影男さんが怪訝な顔をするので、臺与が企んだこと全てを話した。
ムッと不機嫌な顔になり
「望子が文を盗んだんだな。もう二度と彼女を近づかせません!」
「やめてっ!!だって、今日は、私が影男さんにお別れを言いに来たのにっ!!」
ビクッと肩を震わせ、俯き、
「本気だったんですか?左大臣があなたを責めたんですか?私に二度と近づくなと?!」
ウウンと首を横に振る。
自嘲的に口元だけで笑い
「もっと悪いわ!影男さんと口づけしたことを、兄さまに隠したの」
グッ!!
腕を掴まれ左手だけで、影男さんの胸に引き寄せられた。
ギュッ!
背中に腕をまわされ、締め付けるように抱きしめられた。
逃れようともがいても、ビクともしない。
呻くように掠れた声で
「疚しくなるぐらいには、心が動いたってことですか?」
身動きできず、肩の力を抜いた。
できるだけ、低い、冷静な声で
「本気であなたが好きなわけじゃない。兄さまに無視されてるときは、あなたのことを考えもしなかった。」
「私を利用してるんですか?左大臣を嫉妬させるために?」
「・・・かもしれないわ!」
影男さんがふぅっとため息をつくと
「それでも構わない。何度も言うように、あなたと左大臣の仲を引き裂くつもりはない。時々私を思い出してくれればいい。」
「できないわ!兄さまを裏切りたくない!!」
背中に回された手が愛撫するように動き
「裏切りじゃない!あなたは私に情けをかけているだけ。報われない恋を哀れんでくれているだけ。それでいい。何も考えなくていいんだ。」
左手が、私のあごを摘まみ
クイッ!
上を向かせた。
顔を傾け、唇が近づく。
ボンヤリと頭が痺れたようになり、動けない。
ポフッ!!
背中に軽いものがあたった。
振り向くと、少し離れたところで望子が睨みつけてる。
「やっぱり影男さんはその女子に騙されてるのよっ!!また臺与に言いつけてやるっ!!あんたなんて左大臣にフラれればいいんだっ!」
叫んだあと、望子は踵を返し、足音を立てて立ち去った。
ふと、視線を落とした。
床には、以前、影男さんに贈った、茶色く汚れた、巾着が落ちてた。
望子のとは比べ物にならない、みすぼらしい巾着。
チクッ!
血が赤く広がる。
針を誤って刺したときの、指先の痛みを、思い出した。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
『オシドリ夫婦じゃない鳥』を調べて、真っ先に『鴛』が出てくるのには苦笑しますよね!
雌が卵を産むと雄は別の雌のところへ行き、雌は一人で卵を孵すらしいです。