EP415:伊予の物語「浮舟の刺(うきふねのとげ)」 その4~伊予、転覆を免れる~
兄さまが
「要約すると、
『宮中にふしだらな女房がいて、左大臣の寵愛を受けながら、大舎人や内舎人、上皇侍従やその他、数えきれないほど多くの男性をたぶらかしている。
いずれ帝にその毒手を伸ばし、入内なんて事態になれば、萄子更衣に皇子を望むどころか、萄子更衣がそばに仕え、本来の目的である「帝に幸運をもたらすこと」ができない。
皇太后の御意で、帝に災いをもたらす、ふしだらな伊予という女房を宮中から排除して欲しい』
という内容だった。」
兄さまは皮肉気に口を歪め、反応を確かめるように、私の顔色を窺う。
瞬間的にイラっ!とし、そのあとゆっくり、ふつふつと怒りが湧き
「臺与の言いがかりでしょ!!そんな一方的な誹謗中傷を皇太后はお聞き入れになるかしら?」
兄さまが、面白そうに眉を上げ
「臺与が言うには、証拠があるらしい。その『ふしだらな女房』がある内舎人と交わした恋文らしい。身に覚えは?」
はぁ~~~???!!!
影男さんが???
私の送った文を誰かに渡したの??!!
フツーのやり取りで、恋文じゃないけどっ!!
信じられないっ!!!
イライラしつつも、
「そんなもの一枚が証拠になる??ふしだらって、臺与の方がよっぽどでしょっっ!!」
ムカつくっっ!!!
兄さまがニヤニヤしながら
「でも、万が一、皇太后が上書を信用されて、伊予を宮中から出せと仰ったら大変だ!どうする?」
ムッ!
「臺与がそれを兄さまに見せたということは、取引を持ち掛けたんでしょ?
何?
上書を皇太后に出さない代わりに何を要求したの?兄さまと毎日逢引きしたいって?」
急に真剣な顔になり、首を横に振り
「伊予と永遠に別れろ、と要求された。」
「ふんっっ!!で、兄さまは何と答えたの?別れるって?」
「そんなワケないっ!!いざとなれば、気が済むまで臺与の言いなりになって機嫌を取って、許してもらう。
とりあえず、まだ保留してもらってる。」
深刻な表情を浮かべつつ、上目遣いでチラチラ私を見て、口元はニヤケてる。
チッ!!
ま~~た、色仕掛け??!!!
ったくっ!!!
いつまで臺与の言いなりになるつもりっ??!!
私が嫉妬すると思ってニヤケてるの??!!!
バカじゃないの??!!!
こーなりゃ、臺与をやり込める手段が欲しいっ!!
ん?確か、望子が藤原黒文の屋敷で臺与を見たと言ったわね?
秦奧涼の奥様からも注文を頂いてるとも言ってた。
藤原黒文の屋敷で臺与を見かけたあと、望子は影男さんの実家で私に会った。
その後、秦奧涼の屋敷で私の誹謗中傷を臺与に吹き込んだとすると・・・・
う~~~ん、確信は無いけど、もしかして、イチかバチか・・・・
「ねぇ!兄さま、最近、藤原黒文や秦奧涼が何か悪事を働いてない?
もしそうなら、臺与をやり込めることができるんだけど?」
兄さまが目を丸くして驚き
「え?よく知ってるなぁ。実は、秦奧涼にある悪事をもみ消してくれと頼まれてる。
臨時官司の造河司長官である秦奧涼は鴨川の氾濫対策工事にあてられた公金を横領したそうだ。
その悪事の証拠を藤原黒文に握られ脅されて困っているから、私に正直に打ち明けて、横領した銭を全て返すから、検非違使庁には黙っててくれと頼まれた。」
「それに臺与が絡んでるのね!!
臺与が藤原黒文と秦奧涼の屋敷を行き来してたのを見た人がいるわ!
秦奧涼は自分の身を守るために臺与との関係を曝露するでしょ?
そうなれば臺与は藤原黒文と秦奧涼とともに犯罪者として獄につながれるぞ!と言って脅せばいいんじゃない?」
「公金横領に関わった罪をもみ消す代わりに、皇太后への上書を燃やせと臺与に言えばいいんだな?」
ウン!と頷く。
兄さまはニコニコと満面の笑みで
「あぁっ!!左大臣の『ふしだらな恋人』は、なんて頭がいいんだっ!!惚れ直すよっ!!」
ムッ!
としたけど、身に覚えがありすぎて、胸がチクチクしつつ、尖った声で
「イヤなら臺与とつきあえばいいでしょっ!!」
プンっ!頬を膨らませて横を向く。
『やましいと逆ギレする』って、真理だと思う。
兄さまはゴキゲンに
「今夜は?左大臣邸に来る?枇杷屋敷を借りる?」
声を落として囁く。
罪悪感で落ち込み、兄さまに申し訳なくて、そんな気になれなくて
「ごめんなさい。今夜はちょっと、無理なの。」
兄さまが眉をひそめ、心配そうに
「『ふしだらな』って言ったを気にしてる?ごめんっ!冗談だよ?!もしかして傷つけた?!浄見が本当にふしだらだなんて思ってないから!許してくれっ!」
苦しくて真っ直ぐ目を見れない。
影男さんとまた、口づけしたって正直に言うべき?
でも、
「兄さまは、臺与と、その、そういう行為をしてるとき、罪悪感ってある?」
(その5へつづく)