EP413:伊予の物語「浮舟の刺(うきふねのとげ)」 その2~伊予、影男の許嫁に牽制される~
影男さんが私を見て
「伊予さん!わざわざ来てくれたんですか?さぁ、そこの円座に座ってください」
そばの女子に向かって
「望子、ありがとう。友人と話をしたいから、席を外してもらえるかな?」
望子と呼ばれた女子は、年は私と同じぐらいで、お尻まである長い豊かな髪を束ねた、中流貴族の子女が着るような袿姿。
目はパッチリしてるけど、目じりが切れ上がってて、鼻梁の細い形のいい鼻と、厚いめくれあがった肉感的な唇の美女。
どちらかというと痩せ型なところは私と同じ。
肉感的じゃないところが、親近感が湧く!!
望子が水瓶を置き、床に指をそろえてつき、
「望子と申します。伴影男の許嫁でございます。もうすぐ夫婦になりますので、ご友人にはお見知りおきいただきますよう。よろしくお願いいたします」
頭を下げた。
はぁ?そうなの?
ビックリしたけど
「はい。わかりました。それはおめでたいことですね」
影男さんが慌てたように
「望子っ!何を言ってる!その話はとうの昔にお前の両親が破談にしただろっ!!」
望子がキッ!と怒った表情で影男さんを睨み付け
「この女子は誰?もしかして仕事で仕えてたとかいう宮中の女房?なぜそんな人がお見舞いに来るの?つきあってるの?」
影男さんは無表情に首を横に振り
「違うっ!そういう関係じゃないっ!」
望子が今度は私をキッ!と睨み付け
「宮中の女房は尻軽ばかりっ!
この前も藤原黒文っていう貴族の屋敷で、殿様といちゃつく女子を見たわっ!!
奥様に尋ねたら宮中の女房で臺与というそうよ!
影男さんは騙されてるのよっ!!この女もどうせ多情多淫な尻軽浮気女でしょっ!!」
影男さんが三白眼の黒目を少し光らせ
「なぜ藤原黒文の屋敷に?仕事で出入りしているのか?帯飾りの?」
望子はツン!と顎を上げ、自慢げに胸を張り、腕を組み、引き続き私を睨む。
「そうよっ!!私はね、宮中でブラブラ遊んでるあなたと違って、自分の作った帯飾りで生計を立ててるのよっ!!
私の作った帯飾りはね、上流貴族の奥様やお姫様方に大人気なんだからっ!
つい最近も秦奧涼という貴族の奥様にご注文いただいたのよっ!!
巾着に、翡翠や瑪瑙を使った玉飾りや、房飾りをつけた、お洒落で豪華な帯飾りよっ!!
あんたが影男さんにあげたみすぼらしい巾着と一緒にしないでよねっ!!」
え?
はぁ?
みすぼらしい巾着?・・・・あげたっけ?
あぁーーー!はいはい!そーいえば、山桜を刺繍したやつねっ!!あったなぁ~~~!(*作者注:EP162:伊予の事件簿「吉備津彦の桃(きびつひこのもも)」にあります)
望子の剣幕に圧倒されて、愛想笑いで何も言えずにいると、影男さんが
「いい加減にしろっ!今すぐ出ていけっ!!帰れっ!!」
怒鳴りつける。
望子はビクッ!と全身を震わせた。
しぶしぶ立ち上がり、怒りが収まらない様子で私をチラチラ睨みつつ立ち去った。
影男さんがふぅ~~~っとため息をつき
「彼女は幼いころに、お互いの両親が決めた元許嫁です。
右手が使えないので、身の回りの世話をしに通ってくれてるんです。
私が、官人登用試験に合格した暁には結婚させようと考えていたようですが、文章得業生を辞め、大舎人になったことを知ると、望子の両親は私の両親に破談を言い渡しました。
あのまま役人になっていたら抵抗せず結婚していたと思います。」
ふぅ~~~ん。
親が決めた許嫁かぁ~~!!
幼いころから近くで育ったなら気心が知れてるわね?
私にとっての兄さまみたいに!
「彼女の方はまだ影男さんを好きみたいだけど?
・・・・気が合うなら、結婚すれ」
ばいいんじゃない?
って言いかけて目が合うと、影男さんが冷たい三白眼に、怒りをたぎらせてた。
低い、抑揚のない声で
「何しに来たんですか?結婚を薦めに?それとも見舞いに?」
「も、もちろん!お見舞いに。これどうぞ!」
包みを解いて、忠平様からもらった蜜柑を差し出す。
三角巾で右腕を吊ってるのを見て
「暴漢に右肩を外されたのね?筋を痛めたの?まだ痛む?」
何気なく呟くと、影男さんがギョッと驚き
「なぜ知ってるんですか?まさか、現場にいたんですかっ??!!」
三白眼の黒目が大きくなりすぎてる。
(その3へつづく)