EP412:伊予の物語「浮舟の刺(うきふねのとげ)」 その1~伊予、不吉な予知夢を見る~
【あらすじ:気になる男友達が負傷する夢を見た私は、まんじりともせず夜を過ごした。気遣いであって、浮気じゃない!って思いたいけど、流されてしまう自分を責めたくなる。私は今日も浮舟のような自分の心が、漂泊するのをくいとめきれない!】
今は、900年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見にとって『兄さま』こと左大臣・藤原時平様は、詳しく話せば長くなるけど、幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十七歳になった今の二人の関係は、一言で言えば『紆余曲折』の真っ最中。
原因は私の未熟さだったり、時平さまの独善的な態度だったり、宇多上皇という最大の障壁の存在だったり。
結婚だけが終着点じゃないって重々承知してるけど、今のままじゃ辿り着けるかどうかも危うい。
「それを返せっ!!」
影男さんが叫んだ。
薄墨色の帷がおりたような夕闇の路地。
筒袖・括り袴の雑色の恰好をした男の腕を、影男さんが捩じり上げた。
その男の手から何かを奪って、胸元にしまった。
影男さんは内舎人姿ではなく、普段着の水干と括り袴。
私は三間(5.4m)ぐらい上空から二人を見てる感じ。
胸元に何かをしまった影男さんに、今度は、その暴漢が掴みかかり、腕を捩じり上げた。
暴漢が影男さんの肩に手を当てたと思ったら、腕を後ろの変な方向に捩じったので
ゴキュッ!!
イヤな音がして、影男さんが歯を食いしばり
「ウッ!!」
とうめいた後、その場にうつ伏せに崩れ落ち、動かなくなった。
・・・・・・・
ハッ!??
変な夢見たっ!!
何だったの??
ただの夢?それとも予知夢??!!!
昼間の暖かさにつられて、夜間の冷え込みも弱まった冬の終わり。
辺りは真っ暗で、まだ夜が明けてない。
雷鳴壺の自分の房で、綿入りの単にくるまりながら目が覚めた。
夢の中で、影男さんが暴漢に襲われて、動かなくなってた!!!
大丈夫かな?
死んだり、してないよね?
これから起こること?なら、気を付けるよう伝えた方がいいかな?
今までの経験から、予知夢を見て警戒しても、現状を変えられた事は、一度も無かった。
でも!教えてあげなくちゃ!!!
まんじりともせず、夜が明けるのを待って、大内裏にある内舎人局に向おう!
と思ったけど、変な噂になっても困るので、内侍司で、梢が出勤してくるのを待って見つけ出し
「ねぇっ!梢っ!!今すぐ、影男さんに、『もうすぐ暴漢に襲われるから、気を付けて!』って伝えてくれる?」
梢はキョトンとしてたけど、本気度は理解してくれて
「はい!」
とすぐに内舎人局に向かってくれた。
すぐに帰ってきて、
「影男さんは今朝、病欠の届け出が出てたらしいです!
昨夜、重傷を負ったので、内舎人の務めを果たせないらしいです!
理由は書いてなかったそうです!」
えぇっっ!!!
重傷なの?!!!
肩を変な方向に捩じられてたから、右手が使えないとか?
大丈夫かしら?命に係わるような怪我じゃない??!!
顎に指を当て考え込んでると、梢がおずおずと
「あのぉ、伊予さんは、なぜ、影男さんが暴漢に襲われるって言ったんですか?もしかして、そのせいで重傷を負ったんですか?」
は?
まいっか、バレても。
「ええっとぉ、そのぉ、夢、を見るの。予知夢?みたいなの。でも、夢で不幸が起こるって知ってても現実を変えられないの!だから全~~然っっ無意味な能力!!」
梢が半信半疑の様子で
「へぇ~~~~そうなんですかぁ。じゃあ嬉しい夢は楽しみですよね!!」
ホントにそう!!
でも今は、影男さんが心配っ!!
数日後、椛更衣に許可をもらって、影男さんのお見舞いにいくことにした。
自分の房にあった蜜柑を数個、布に包んで持っていく。
影男さんはどこで療養してるのかを梢に訊ねると
「実家ですよ~~!伴家の!場所を教えてあげます!」
というので、内侍司に『買い物のお伴に梢を連れて行きたい!』とお願いして許可を取って一緒に影男さんの屋敷を訪れた。
伴家の屋敷は、中流貴族のそれらしく、小ぶりだけど、主殿、北の対、東の対または侍所、厨はありそう。
庭に池?と思われる水たまりはあったけど、建物は全体的に黒っぽくて古めかしい。
梢が東にある建物にサッサと近づき、廊下に上がって、御簾を押して中に入った。
出てくると、
「東の対で療養してるそうです!行きましょう!」
侍所とほぼつながった東の対の、壁代で区切ってある空間に入ると、予想に反して影男さんは文机に向って座ってた。
三角巾で右腕を吊ってる。
そのそばには、水瓶で碗に白湯を注いでる女子の姿があった。
(その2へつづく)