EP410:伊予の物語「逡巡の款冬花(しゅんじゅんのかんとうか)」 その6~伊予、款冬花の苦みを味わう~
兄さまは驚いたように眉を上げ、ニヤッと笑い
「そう。
内容は『春を待つ』という和歌を、誰かと交わしたものだが、うがって読めば『謀反の意がある』と読めないことも無い。
これが本物なら上皇側の人間は是が非でも手に入れ、処分しなければならない。
だから何かがおかしいと気づき、よく調べてみた。
上皇の文を何度も見た事のある人間にしか、分からないぐらい巧妙に似せてあるが、この筆跡は上皇のものではない。
私が勇んでこの文を証拠に『上皇に謀反の意あり』と公に騒ぎ立てれば、偽物を掴まされたという恥をかくだけでは済まない。
上皇を貶めようとしたと罰せられるかもしれない。
その上、いかがわしい質屋に何度も私が通っている時機で幼女売春の事実を公表する狙いは、明らかだ。
上皇側の人間で私を貶めたいものが、この偽の文を仕組んだ。」
忠平様がビクッ!としたように肩を震わせ
「私じゃないぞっ!!そんな文の存在も知らなかった!」
慌てて首を横に振る。
影男さんがフッとため息をつき
「泉丸ですね。」
「そうね。上皇に近い彼なら、筆跡も紙も似せて書くのは簡単だし。
それにしてもムカつくっ!!兄さまに不名誉な噂を流してっ!!そこまでして権力を奪いたいの??!!信じられないっ!!」
プンプンしながらも『あっ!』と思い出して、天ぷらを包んだ竹皮を開き
「影男さん!フキノトウをありがとう!天ぷらにしたから食べてみて!」
差し出すと、忠平様がまっさきに摘まんで口に入れ
「うん!うまいっ!!」
影男さんがオズオズと手を出し、食べると
「問題ありませんね。」
兄さまは?
竹皮を差し出し見つめると、不機嫌な顔で
「伊予と二人きりになったら食べる。話は終わったし、もういいだろ、四郎、東の対の屋を借りるぞ。行こうっ!」
私の手を引っ張り、東の対の屋へ向かった。
東の対の屋で寝る支度をして、塗籠の寝所であとは寝るだけ!となった。
フキノトウの天ぷらを兄さまに差し出すと、
ヒョイ!
摘まんで口に入れ、モグモグしたあと、眉をひそめた。
「苦いっ!!花芽は栄養も多いが、獣に食われないよう苦くなってるから好きじゃないっ!!」
確かに!
「でも、人生で一番いい時期の、きれいな花が咲く前に食べられてしまうフキノトウも気の毒ね!」
人間でいうと子供時代に食べられるようなもの?
あっ!
思い出して、少し沈んだ気持ちになった。
「あの、確認したいんだけど、兄さまは、その、ええっと、昔ね、
まだ、私が小さいころ、よく一緒に遊んでくれたのは、その、『幼子』だからなの?
そもそも『幼い』から私のことを好きになったの?」
口にしたあと、後悔した。
幼いころから、自分は兄さまを未来の夫として見てたくせに、兄さまにはそれを否定するなんて。
そうじゃなくて!
『幼い子供』が好きなら、これからは付き合えない。
だって歳を取ってもっと大人になるから、この先は愛されないだろうし、恋人ではいられないのは当たり前だけど、そうでなくても、そういう性的嗜好なら、『見る目が変わる』のが正直な気持ち。
理解できないし愛せないと思う。
『無知な子供』だから安心して愛せる、そういう『全てにおいて自分より弱い相手』でなければ愛せないという性的嗜好の人は、何らかの原因があるなら可哀想だと思うけど、尊敬できない。
『安心して見下せる相手』でなければ愛せない人なら、好きになれない。
一緒にいたくない。
ドキドキしながら、兄さまを見つめ、応えを待ってる。
兄さまは真っ直ぐな澄んだ瞳で私を見つめる。
春の光を反射する、融けかかった雪のように、透き通る美しさで微笑み
「私が食べたいと思ったことのある花芽は、
今までで唯一、浄見だけ、だよ」
ゆっくりと唇が近づく
甘い、口づけに混じって、ほろ苦い、フキノトウの味がした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
款冬花はフキノトウのことだそうです!