EP407:伊予の物語「逡巡の款冬花(しゅんじゅんのかんとうか)」 その3~慈悲に溢れた質屋の本性が暴かれる~
竹丸は首をひねりながら
「さぁ~~。でも、もう、何回も通ってますよ。そこの使用人の話では、その質屋の主人は貧しい民から、値の付かないような衣や道具まで引き取って、銭や米に換えてあげてる慈善活動のような商売をしてるんですって。流れた質草を売ったって、ほぼ利益は無いそうです。」
へぇ~~~!!
「偉い人もいるのね~~!利益度外視?って!」
自己犠牲精神!!??
尊敬する!
そんなこんなで、枇杷屋敷に到着すると、竹丸は
「じゃ!ちゃんと送り届けましたからね~~!!」
と手を振りながら、サッサと帰ってしまった。
私は枇杷屋敷の侍所を訪ね、管理の雑色に
「あのぉ、時平様と待ち合わせてるんだけど、どこにいればいいですか?」
管理の雑色は愛想笑いを浮かべ
「はい、太郎様から聞いております。ええっと、空いた対の屋へ通すようにとのことですので、東の対の屋へ案内します。」
案内されて東中門廊を渡ってると、主殿の閉まった格子の中から声が聞こえたような気がして
「あれ?忠平様って、ここにいらっしゃるの?」
雑色が頷き、私の顔色を窺うようにチラッと見て
「そうです。臺与さまといらっしゃいます。挨拶されますか?」
勝手にお邪魔しておいて、屋敷の主人に挨拶無し!はどーかと思ったので
「はい。じゃあ、そうします。」
と主殿へ案内されるのについていった。
妻戸の前まで来ると中から
「何っ?議政官会議で兄上に幼女買春の疑いがかけられた?」
はぁ??!!!
ウソっ??!!
にわかには信じられないので、声をかけようとする雑色の袖を引っ張り
「しっ!!」
黙るように合図する。
甲高い臺与の声で
「そうよ。幼女売春の隠れ蓑になってる質屋に左大臣さまが通い詰めてることが、ある公卿の耳に届き、議政官会議で詰問したらしいわ。」
忠平様の硬い低い、艶のある声で
「だが、性を売ることは賤民には許されているし、子供だからといって法令で処罰されることはない。
外聞はこの上なく悪いがな。
兄上はどうした?否定したのか?」
「友人の参議が仰るには、否定も肯定もしなかったらしいの。その話は議題とは関係ないと突っぱねたらしいの。」
ここで、雑色があろうことか、妻戸の中に向かって
「あのぉ~~、四郎様?伊予様がいらっしゃってます。ご挨拶したいと仰ってます」
はぁ?
なぜこのタイミングで言うっ??!!
焦ったけど時すでに遅しで、キィッ!と妻戸が開いた。
忠平様が私を見て、目を丸くし
「ホントに伊予だ!なぜ急に来たんだ?!!」
肩をすくめつつ
「ええとぉ、時平様と待ち合わせ、かな?東の対の屋をお借りして、待たせてもらいます。」
ペコッと頭を下げた。
背を向けて立ち去ろうとする背中に忠平様が鋭く声を投げつけ
「待てっ!伊予はどう思う?兄上が幼女買春してたらしいが?」
カチン!ときて
「はぁ?してるって決まったわけじゃないでしょっ!!疑いがかかってるだけでしょっ!!」
怒りで声を荒げる。
忠平様は真剣な表情でジッと見つめ
「兄上は八歳の幼女に懸想してたことがあるらしいな?その性的嗜好がまだ続いてたらどうする?」
ハッ!
ゴクリと息をのみ、
「まさか、だって、それは、」
臺与がいるので、
『私のことだものっ!!忠平様も知ってるでしょっ!!』
とは口に出せずモゴモゴしてると、臺与が忠平様の後ろから近づき
「あらそうなの?!!時平様ってホントに女なら誰でもいいのね?
恋人の容姿も年齢もバラバラだし。
でも、その質屋の主人が幼女売春の仲介をしてることは確かだわ!
だって、私が一番最初に取った客が彼だったもの!そのあと他の男も斡旋もされたし。」
あっ!そうだった!
臺与は十歳の頃には、むさくるしい大人の男相手にそういうことをさせられてたのね?
母親の薬代を稼ぐために仕方なく?
想像するだけで凹む。(*作者注:詳しくは「魔性の霊鈴(ましょうのれいりん)」にあります)
臺与が呆れ声で
「まぁ!やめてよっ!!あんたの辛気臭い顔なんて見たくないわっ!同情してほしくて言ったんじゃないのよっ!!
鬱陶しいっ!!」
気にしてなさそうなのが唯一の救いだけど。
でも、もし、本当に兄さまがそんなことしてたら、許せる?
私には一切そういう事はしなかったけど、他の子には分からないし。
『幼い』という理由で私のことを好きだったの??
まさかっ!!
そんなハズないっ!!
って思いたいけど・・・・
現に竹丸が、質屋に通い詰めてるって言ってたし。
それにしても、その質屋の主人っっ!!
慈善事業だと思ったらっ!!
クズカス人間ねっ!!
銭に困った人々を、質屋の看板でおびき寄せ、売春させる子供を物色してたのねっっ!!
最っっ低っっーーーー!!の悪徳下衆塵男っっ!!
怒りと嫌悪で身震いする!!
フワッ!
白檀の香しい匂いが漂い、首筋に温もりを感じ、肩が包まれた気がした。
ギュッ!
肩を包む指に力が入った。
「伊予に何を吹き込んだ?私が幼女買春してるという噂か?バカにするな。そんな話を伊予が信じるわけが無い。」
硬く、低い、身体の奥に響く声。
ドキッ!
自然に胸が躍る。
見上げると、腕をまわし私の肩を抱く兄さまの顔があった。
忠平様が怒りでこめかみに血管を浮き上がらせ
「そう言い切れるのかっ!!兄上の姿をその質屋で見かけた者がいたらしいぞっ!!しかも一度や二度ではないっ!!幼女買春でなければ、一体何のためにその質屋にいたんだ!!」
(その4へつづく)