EP405:伊予の物語「逡巡の款冬花(しゅんじゅんのかんとうか)」 その1~伊予、ある覚悟を迫られる~
【あらすじ:時平様にある覚悟を迫られた私は、怯みそうになりつつも、他の恋人たちと争って勝ち取る!決意を固めた。一見、清廉な質屋に足繁く通う時平様が、政務を執るべきはずの議政官会議で、いかがわしい疑いをかけられてしまった。疑いを晴らすにはその目的をはっきりさせないと!ほろ苦い初恋?に疑念を抱いた私は、厳しい冬の終わりを予感する!】
今は、900年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見にとって『兄さま』こと左大臣・藤原時平様は、詳しく話せば長くなるけど、幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十七歳になった今の二人の関係は、一言で言えば『紆余曲折』の真っ最中。
原因は私の未熟さだったり、時平さまの独善的な態度だったり、宇多上皇という最大の障壁の存在だったり。
結婚だけが終着点じゃないって重々承知してるけど、今のままじゃ辿り着けるかどうかも危うい。
『もう二度と、浄見のことを妹とは思わない。浄見はこれから一生、私の女子だ。』
と兄さまが呟いたのを聞いて、
はぁ?!
『私の女子だ』
ですって??!!
何かひっかかる!!
兄さまにとって役に立つ、尊敬される、対等な恋人になろう!と頑張った結果が、
『一生、兄さまの都合のいい女子』
になること??
そりゃあ、最悪それでもいい!って割り切って、臺与の真似して情報と引き換えに『一夜の逢瀬』をねだったのは私だけど!!
見守られるだけの『妹』という地位からは脱却?したのはよかったけど、臺与や有馬さん他、多数の恋人と同じ地位になっただけでしょ??
ん?
でも『恋人として前に進む』とかも言ってたっけ?
不満タラタラながらも、諦めつつ、はぁ~~~とため息をつきながら
「分かりました。じゃあ、そういう事で。今夜は私の房で休まれますか?」
兄さまの脚の間で、体をひねり、今にも鼻が顎にあたりそうな距離で、ムッとした顔で、ジッと見つめると、
「ん?今夜は直廬でもう少し仕事して寝るよ。
次は、いつ逢いたい?」
美しい切れ長の目を細め、微笑む。
ドキッ!
相変わらず、鼓動が速く、呼吸が苦しくなるのを自分では抑えられない。
「え~~と、明日?は、単の仕立て作業が多分まだ終わらないし、明後日?は、書写の作業が残ってるし、じゃあ、二日後?はどうですか?」
首を傾げ、瞳をパッチリ開き、精いっぱい可愛いく見えるようにする。
「わかった。じゃ、二日後、枇杷屋敷で会おう。」
「え?忠平様の屋敷でしょ?いつものことだけど大丈夫なの?」
「ん、管理の雑色を抱き込んでるからね。さぁ、もう行く!」
言いながら立ち上がろうとモゾモゾするので、脚の間から立ち上がった。
兄さまが肩にかけた綿入りの単を脱いだあと、私の肩にかけてくれ、前の衿を掴んで
グイッ!
引き寄せ、胸に抱きしめられた。
ギュッ!
両腕で身体を締め付けられ、耳元で
「浄見、覚悟しておくんだよ」
って囁かれた。
はぁ??
って思いながら、そのまま清涼殿の方向へ、廊下を渡っていく兄さまの後ろ姿を見送った。
ポカンとしつつ
えぇっ??!!何を??!!!
恋人たちの間で巻き起こるであろう(?)『時平様争奪戦』をっっ??
ふと気づくと、梅壺の庭の雪は降り止んでた。
夜闇の黒と混じり、青白く光る雪が、周囲の音を吸い込んだよう。
シンとした静寂が辺りを包んだ。
梅は蕾の上に雪を積もらせ、何事も無いようにツンと澄ましてるけど、もう春はそこまで来てる。
日陰で育つ蕨みたいな、『都合のいい女子』でも、厳しい冬に耐えれば、春には雪の上に芽が出るっっ!!
厳しい現状を乗り切ればきっと良くなるっっ!!
自分に言い聞かせて、気合を入れた。
(その2へつづく)