EP402:伊予の物語「白頭老の雪里(はくとうろうのせつり)」 その5~ついに作戦の最終段階に入る~
宿毛様はエイッ!と何かを決断したように意気込んで
「お前も、阿波へ来ないか?私と一緒に?」
「はぁ??!!!」
思わず素っ頓狂な声が出た。
宿毛様が焦ったように髭を速く強く引っ張り
「いやっ!そのっ!そ、側室になるがな、既に、正式な妻はいるからね。それでよければ、京の都の公卿の姫とまではいかなくても、地方豪族のなかでは最高の贅沢ができるだけの財は蓄えているのでね、お前に、いい暮らしをさせてやれるが、どうだろう?」
激しく素早く引っ張り続けるので、抜けやしないかと心配になった。
でも、モチロン、側室になる気は無いので
「あの、ご提案は嬉しいんですが、都に、離れがたい人がたくさんいるんです。先生がまた上京された折には、お会いしたいですけど、阿波国へは、ご一緒できません。」
宿毛様は苦笑いでハハハッ!と枯れた声で笑い、
「すまないっ!バカなことを言った、どうか忘れてくれっ!年甲斐もなく、恥さらしな真似をしてしまったものだ!ハハッ!」
情報を得るために近づいたとはいえ、この三日間、囲碁やおしゃべりは楽しかったので、心苦しいながらも素直に
「いいえっ!!そんなっ!また次にお会いする時は、この勝負の続きをいたしましょう!」
宿毛様は驚いたように目を丸くし、今度は心の底から愉快だというふうに大笑いし
「はっはっは!何て可愛らしい人だ!本当に囲碁を知らないんだね!勝負はとっくに決まっていたんだよ!ほら、伊予は地をこれ以上取れないだろ?対戦はすでに終わっていたんだよ!いつ気づくか楽しみでずっと黙っていたけどね!」
大笑いしたあと、クスクス笑いもおさまらず、肩を揺すりながら笑い続けてる。
失礼ねっ!!
ムッとしたけど、それで、気まずい雰囲気が和んだので結果オーライ!!
そこへ雑色が、妻戸越しに
「あの、さ、左大臣の従者と名乗る者が、伊予殿をお迎えにあがったとのことですが、どうしましょう?」
緊張した様子で声をかけた。
宿毛様は寝耳に水の表情で、怪訝な顔つきになり
「伊予を迎えに?確かに左大臣の従者なのか?」
妻戸の向こうで、雑色の焦った声で
「は、はいっ!!それと、門前に、立派な大八葉車が停まっております。」
宿毛様が私の顔をジッと見つめ
「まさか、伊予、どのは・・・?」
はっ!!
ヤバいっ!
誤魔化さなきゃっ!!
「こ、恋人がっ、左大臣の従者をしておりますの。牛車は、別のお客様がいらしたのではないでしょうか?では、わ、私はこれで、失礼します。旅の道中、お気をつけてください。御無事で。ではさようなら!」
スクッ!と素早く立ち上がり、ペコッ!と素早くお辞儀し、ササッ!とその場から逃げるように立ち去った。
門前で立って待っていた竹丸を見つけると
「梢という十二歳くらいの女儒が、私を迎えに来たら、先に帰ったと伝えてね!あの、牛車ね?」
話しかけて、指さして確認。
竹丸がウンと頷くのと同時に、牛車へ向かってスタスタと小走りで近づいてた。
牛飼童が私を見て榻(踏み台)を置こうとするのを断り、袿と袴の裾を捲し上げ、後簾をめくりあげながら、よじ登った。
車箱の中で履き物を脱ぎながら
「臺与から聞いたの?ここへ通ってることを?」
「よりにもよって、あんな爺さんの妻になるつもりなのか?」
低くて硬い声には苛立ちを含む。
車箱は兄さまの匂いで満ちていた。
ムッ!として言い返そうと口を開きかけると
「あっちょっと待って、内裏へ向かってくれ!」
牛飼童に話しかけた。
改めて、切れ長な美しい目で私をジッと見つめ
「で、何だっけ?」
透き通るような白い肌に、端正な鼻筋、薄い酷薄そうな唇は、わずかにほほ笑みを浮かべてる。
見とれそうになるのを、気合を入れて、背筋を伸ばしシャキッ!として
「誰の妻になろうが、左大臣さまには関係ないでしょっ!」
不機嫌そうに眉根を寄せギロっと睨みつけ
「そうだな。三日も通い詰めているなら、とっくに情を交わしているだろうしな。」
「そうねっ!!コソコソ監視しなくても、お世話になった左大臣には三日夜の餅を食べたご報告はキチンといたしますっ!!」
べえっ!
舌を出す。
「・・・・阿波国へ一緒に下るのか?明日、発つのか?」
不安そうに呟く。
首を横に振り
「そんなはずないわ!
なぜ宿毛様に近づいたのか、兄さまだって、ホントはとっくに知ってるんでしょ?」
兄さまはフッとため息をつき
「やはりそうか。臺与から思いがけない場所で伊予に会ったと聞き、まさかとは思ったが。」
ついにっ!!
この作戦最大の山場よっ!!
グイッ!と顎を上げ、背筋をピン!と伸ばすと
「左大臣さまに、いい情報を教えてあげます。大蔵省の橘公紀が女儒を使って性接待してたのは阿波国の有力豪族であり郡司の宿毛様だったのはご存じ?」
兄さまは食い入るように私を見つめ、ウンと頷いた。
「では、その目的は?知ってる?」
(その6へつづく)