EP401:伊予の物語「白頭老の雪里(はくとうろうのせつり)」 その4~伊予、念願の初仕事を成功させる~
今度は歩いて、阿波守の屋敷へ向かった。
道中は身辺警護として、梢について来てもらった。
阿波守の屋敷の門の前で梢に
「一刻(2時間)ほどで出てくるから、迎えに来てね!」
と別れて、侍所で案内を請うた。
雑色に宿毛様が滞在する東の対の屋の一角に案内され、宿毛様が碁盤の前で石を並べながら顔を上げ
「やぁ!来たね!」
口元を緩めながら、呼びかけた。
碁の動かし方ぐらいしかわからない状態で、いちいち教えてもらいつつ、碁を打っていると宿毛様が
「雪は全て溶けてしまったね。道が泥でぬかるんで、足が汚れなかったかい?」
「はい。できるだけ乾いた場所を歩きましたので。まだ寒いですし、また今夜、降るかもしれませんね。阿波国は雪は多いんですか?」
「いいや。平地ではほとんどないね。だから都へきてはじめて雪が積もったのを見たよ。
白居易の
『已訝衾枕冷 (已に訝る 衾枕の冷やかなるを)
復見窓戸明 (復た見る 窓戸の明らかなるを)
夜深知雪重 (夜 深けて 雪の重きを知る)
時聞折竹声 (時に聞く 折竹の声)』
の意味が身にしみてわかったね。」
「はい。衣や几帳の布に触ると冷え切っててビックリして、夜なのに庭が明るいのにまたビックリして、テンションが上がって寒さなんて忘れてしまいますものね!雪って不思議ですわね!」
という四方山話をして碁を打ちつつ過ごし、最後に
「先生!明日も来ても、よろしいですか?まだ碁の対戦も途中ですし?!」
宿毛様はすっかり打ち解けた笑顔で
「あぁ!いいよ。では同じ時間にね。」
と会話し、その日は内裏へ帰った。
二日目も阿波守の屋敷へ通い、同じように宿毛様の居所に通され、碁の続きを打つ。
「そういえば、柳絮って柳の綿毛のことですよね?そういう植物の綿毛からは、蚕の真綿のように、糸を作れないんでしょうか?」
何気なく話しかけると、宿毛様がピクっと眉を上げ、皺の多い目尻にさらに皺を作り微笑んだ。
「伊予は実用的な技術にも関心があるんだね?じゃあ私たちが発明した蒅の製造方法にも興味があるかい?」
「はい?蒅って何ですか?」
宿毛様は自信に満ちた表情でグイッと顎を上げ、胸を張り
「ハハハッ!知らないのも当たり前だ!ほんの一年前に開発したばかりの、藍染めのための藍の葉を発酵・熟成させた染料のことだよ。
阿波国ではタデアイの栽培が盛んでね、ただせっかく大量に収穫できても、そのまま腐ってダメにしてしまう事が多くて、染料として長期に保存する方法を開発する必要があったんだ。
そこで苦労に苦労を重ね、保存がきく藍色染料を私たち一族が発明したんだ!
いつでも使えて、携帯にも便利で品質がいいので、地元のみならず、都でも評判になり、それを突き固めて固形化した藍玉はね、もうすぐ貢納物として朝廷に納めることになるんだよ!」
「へぇ~~~!!凄いですっ!!そんなものがあるんですかぁ~~~!!!そんな凄いものを発明したんですかぁ?!えぇ~~~!感動しました!」
思わず本当の感嘆の声が出た。
宿毛様はニコニコしながら続けて
「先日もね、大蔵省の橘公紀という偉い方に宴席でもてなされてねぇ、その方に一定数を納め、藍玉の使用感の検査と品質の確認をすれば、正式に貢納物として認められるらしいんだよ。」
あっ!
藍玉だったのね!!
合点がいって本来の目的を思い出した。
よしっ!!
心の中でガッツポーズする。
必要な情報を手に入れたので、明日は来なくてもいいかなぁ~~?
なんて思ってると宿毛様が
「もう帰る時間だね?明日はどうする?来るかい?」
困ったような、期待してるような、微妙な表情で見つめるので、
「ハイッ!先生っ!明後日には出発されるんでしょ?明日が一緒に過ごせる最後の日ですから、是非、明日も、碁を教えてもらいに来ます!まだ対戦は終わってないですし!」
内裏に帰り、その日の進捗を椛更衣に報告してると、梢が文を持ってきてくれた。
広げて読むと
『竹丸が内舎人局までわざわざやってきて、「伊予はこの頃どうしてる?」と探りを入れてくるのです。
二日連続で午後から阿波守の屋敷へ宿毛様に会うために通っていると正直に伝えましたが、何か問題はありますか?
影男』
フム。
まぁ、こっちの動向を知られたって問題はないわね!
『全て話しても問題ありません。』と文を返した。
宿毛様に囲碁を教えてもらうという名目で通い始めた三日目、いつものように、碁を打ちながらおしゃべりしていると、不意に宿毛様が手をとめ、重そうな瞼をカッ!と開き、真剣な目で私を見つめた。
「伊予、明日、私がここを発つことは知ってるね?阿波へ帰ることを?」
「はい。短い間でしたが、お世話になりました。碁も上手くなった気がします!」
ペコッと頭を下げた。
宿毛様は言いにくそうに口をモゴモゴさせ、あごの下のチョロッと伸びた髭を引っ張りながら、
「え~~~、あ~~~~、そうだな、何と言えばいいのか、」
口ごもるので、じれったくなり
「何ですか?」
(その5へつづく)