EP400:伊予の物語「白頭老の雪里(はくとうろうのせつり)」 その3~伊予、標的(ターゲット)に接近する~
臺与のタレ目が不審そうに細くなり、私を睨み付け
「あ~~ら、そうですの。私はてっきり、別れた恋人にうるさく付きまとうために・・・」
「あぁ~~~ほらっ!もう話はいいっ!!臺与っ、酒を注いでくれ!お前はいい女だな~~!顔は幼く見えるがその奥に、何とも言えない色気がある!さぞかし男を虜にしてきたんだろっ!!お前のためなら何でもしてやりたいっ!!」
ベロベロの勘解由判官が臺与にもたれかかって、腿や胸をベタベタ触ってる。
はぁ??!!
ゾッッッ!
自分がされると思うと身の毛がよだつっっ!!
早くも逃げ帰りたくなったけど、グッ!とこらえて、勘解由次官の方を向き、微笑みつつお酌する。
幸いなことに勘解由次官は性的嫌がらせが酷くなく、お酒が無くなった時機で立ち上がることができた。
お酒の御代りを持ってきた侍女と交代して勘解由次官のそばを離れ、いよいよ目的の宿毛様へ近づいた。
宿毛様は俯きがちに肴を摘まみながら、手酌でチビチビと盃を口に運んでたけど、私が横に座ると、顔を上げ、目を合わせた。
あんまりジロジロ見ると失礼かなと思い直して、視線を落とし、微笑みつつ
「伊予です。麻植郡司さまとお近づきになれて嬉しいです。御酒をどうぞ」
まずは挨拶がわりにお世辞とお酌。
宿毛様は五十代後半の烏帽子から覗く鬢と眉毛が全体に灰色になった、肌がカサカサで皺が多い、人当たりがよさそうな柔和な感じの初老男性。
重そうな瞼の奥の大きすぎない目を細め、口元を緩めると
「ああ、ありがとうございます。あなたのような若い方がこんな年寄りの相手はつまらないでしょうに」
大げさに首を横に振り
「いいえっ!!ご年配の方の知識と教養はいつも傾聴に値します!あのぉ、都へはお仕事でいらしたんですか?」
宿毛様が眉をひそめ不信感を示したので
しまった!警戒されたっ!!と慌てて方向を変える。
「あ、ごめんなさいっ!お時間があるかどうかをお聞きしたかったんです!もしよろしければ、都をご案内したくて。市やお寺とか・・・」
宿毛様が頬を緩め、笑みを浮かべ
「いいえ!その必要はありません。一月前に都へ上りましたから、もう大方のところは見て回りました。」
「そうですか・・・・」
後が続かない。
何を言えばいいの?
う~~~んと考え込んでると、宿毛様が格子の外の庭を気にして
「外はまた、雪になってるでしょうな。
『白雪 纷纷として 何にか似たる?(白い雪がひらひらと舞い降りる様子は、何に例えられるだろうか?)
塩を空中に撒くに差か拟うべし。(空中に塩を撒くのが近いかもしれない。)(*作者注「咏雪」谢安(東晋))』
というところでしょうか?」
独りごとのように呟く。
あっ!それなら!と閃いて
「『未だ 柳絮の風に因りて起こるに若かず(柳の綿毛が風に乗って舞う様子のほうが、よりふさわしい。)』
ですわね!柳絮って見たことありませんけど、真綿よりもっと雪に似てるのかしら?」
宿毛様が驚いたように瞼を引き上げ目を丸くした。
「ほほう!漢詩に詳しいんだね。こう見えても私も好きでねぇ。書を集め過ぎるせいで北の方によく叱られるんだ。」
「そうなんですか!是非拝見したいですわ!」
「はっはっは!都には数冊しか持ってきていないよ。収集品をみたければ阿波国まで来なければならないよ!」
大げさにガッカリした表情をつくり
「えぇ~~~!!残念ですぅ~!」
目をキラキラ輝かせ、見つめていると、宿毛様が笑顔のまま
「伊予どのと言ったかね?碁はやるかい?私は京へ来てからずっと、阿波守のこの屋敷に逗留させてもらっているんだ。
都を発つのは四日後だがね、なんせ碁の相手がいないんだよ。明日の午後はどうだい?この屋敷へ来て私の相手をしてくれないか?」
冗談ぽく誘う。
「はいっ!!じゃあ、明日、午後にお邪魔させていただきますっ!!碁はほぼ素人ですけど、教えていただきたいですっ!!先生と呼んでもいいですか?」
首を傾げ、可愛い子ぶる。
宿毛様がはっはっ!と声を出して笑い、
「モチロンだよ!じゃあ明日の午後、私を訪ねておいで。阿波守にはあなたが来ることを伝えておくよ。」
ヨシッ!!
ほくそ笑んでると、源昇様の横で酌をしてた臺与が怪訝な顔でジッと見つめてた。
フンッ!!
気にしないっ!!
こっちは作戦通りよっ!!
次の日、午後になり、出かけようとすると椛更衣が私を引き留め
「伊予!あなたの作戦は全部聞いて知ってるけど、そんなにうまくいくかしら?だってこれから阿波守の屋敷へ行くんでしょ?二人きりで碁を打つなんて大丈夫なの?六十前のお年寄りだと言っても、まだまだ、色欲は衰えてらっしゃらないかも?もし襲われたりしたらどうするの?」
心配そうに聞くので
「大丈夫です!いざとなったら逃げだします!!距離は充分取りますし、宿毛様に近づくことは、作戦上必須なので、精いっぱい頑張りますっ!!」
両手の握りこぶしを椛更衣に見せつけ、気合を入れる。
(その4へつづく)