EP399:伊予の物語「白頭老の雪里(はくとうろうのせつり)」 その2~伊予、初めて宴席に侍る~
主殿には既に客たちが揃っていたらしく、屏風を背にした北側の畳には、瓶子と膳を前にして座る、二人の年配男性、南側には一人の五十代後半に見える年配男性が座って盃を傾けていた。
屋敷の主と思われる男性は、東中門廊まで迎えに来てくれていた、四十代半ばの狩衣姿の男性で、先導して案内してくれ、手をさしのべて、西側の畳へと源昇様を促した。
源昇様は
「おぅっ。これは、ありがとうございます。まことに結構なお宅ですな。庭といい、調度品といい、藤原広影どのの暮らし向きが富裕でいらっしゃるのが見て取れますな。」
藤原広影は照れたように頭を掻き
「いえいえ!それもこれも勘解由長官様のおかげでございます。どうぞ、次の阿波守への解由(交代手続き)も滞りなく運びますことを、お願い致したく、このような場を設けましたので、どうぞ、今夜はごゆるりとお楽しみください。」
最後は、揉み手しながら頭を下げた。
ということは藤原広影様は現在の阿波守ね。
私の知識では勘解由長官は『国司の任期が満了したとき、事務引継ぎが問題なく行われた証として、後任国司から前任国司へ解由状という文書が交付されるけど、その解由状を監査するのが勘解由使』で、その長官。
前任国司は、任務不履行などの理由で、万が一、解由状が発給されなければ、次の官職につくことができない。
だから藤原広影様は勘解由長官である源昇様をもてなして『良しなに取り計らって!』とお願いしてるワケね?
そのほかの客人方もきっと似たような方かしら?
考えてると、源昇様が藤原広影様に向かって
「この侍女はね、有能な官人たちと交流して見識を深めたいと言うので、連れてきたんだ。客人たちのそばにつかせて、酌でもさせてやってくれないか?」
私を指さしながら言う。
慌ててペコッ!と頭を下げ
「よ、よろしくお願いしますっっ!!伊予と申しますっ!」
藤原広影様は私をチラッと一瞥し、軽くうなずき
「そうですね。では伊予どの、ええと、まずは勘解由次官と勘解由判官のそばに侍ってお酌してくれないか。」
北側の畳に座る、四十代後半?と五十代前半?の狩衣姿の男性の方へ目配せする。
それぞれ勘解由次官と勘解由判官なのね?
「わかりました。あの、では南側におられる方が、郡司様ですか?」
標的を見極める!
藤原広影が意外だな!というように目を丸くして
「よく知ってるね。そうだよ。阿波の麻植郡司で有力豪族の一人である宿毛殿だ。お前のような侍女の間で、彼は有名なのかね?確かに広大な荘園を持っているし、財力は阿波国随一だが、お前とは随分年齢が離れているじゃないか?あんな年寄りがいいというのか?」
名前なんて知らなかったけど!
どう答えるべき?
困惑しつつ
「え?ええっとぉ、そう!そうですわ!今どきの若い娘は、安定第一!で殿方を選びますの!若い色男であっても収入が不安定な方には誰も嫁ぎたがりません!」
途端に藤原広影は目を細め下卑た笑い顔で
「おおっ!そうかい!!??こりゃぁいいことを聞いたなぁ~!」
鼻の下を伸ばしてニヤケてるけど、勘違いさせちゃった?!
犠牲者になるかも?の若い女子!ごめんっ!!
まずは、指示された通り勘解由次官・勘解由判官の間に座り、瓶子を手にし、盃を飲み干した方のオジサンに微笑みかけた。
「御酒をどうぞ」
左側のオジサンが赤い鼻と頬でニヤけ、呂律の回らない口で
「おうっ!ありがとう!お前はまだ幼く見えるが、いくつだね?裳着は終えてるんだろうね?」
イラッ!
としつつ精いっぱいの愛想笑いで
「はい。もちろんでございますわ!十七ですもの!」
そのとき、左側のオジサンを挟んだ向こう側に、いつの間にか現れた女子が座り
「どうぞ、勘解由判官さま?阿波名産のこの『いかなごの佃煮』は絶品でございますのよ!お酒とご一緒にどうぞ!」
艶のある甲高い声が聞こえた。
ん?
この声は?聞き覚えがある・・・?
「あ~~ら~~~!そこにいらっしゃるのは伊予さん?」
はぁ??!!!
身を乗り出して私を見つけた臺与が意地悪そうにほほ笑みながら話しかけた。
思いがけない場所で、思いがけない人物と遭遇し、ビックリして焦り散らして
「えっ??と、臺与??!!何してんの?こんなところでっ??!!」
粗野なタメ口で言い返してしまった。
臺与は口元を袖で隠し、上品な仕草でホホホと笑い
「嫌ですわ!そんなに親しい仲ではございませんでしょ?わたくしは、阿波守さまとお知り合いで、お世話になっておりますの。今日は、お客人方をおもてなしするために参りましたの。あなたこそ、なぜいらっしゃるの?」
臺与は丸顔で、頬が少し豊かで、筋の通った鼻は高いけど小さい。
目は大きく、端は下がり気味で、泣き出しそうな儚げな様子は、頼られたら思わず手を差し伸べたくなるような愛くるしさがある。
広くて丸い額と小さな薄い唇には幼さが残り、童顔が好みの男性はイチコロになる。
目的がバレないようにしなきゃ!
慎重に言葉を選びつつ
「別に、ただの社会勉強ですわ!経験豊かな方々に色々なお話を伺うのは勉強になりますでしょ?」
(その3へつづく)